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【識者の眼】「女性の生き辛さ〜『妊娠・分娩』という負担」中井祐一郎

No.5093 (2021年12月04日発行) P.60

中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)

登録日: 2021-11-29

最終更新日: 2021-11-29

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「人」の世の発展……というよりも「ヒト」という種の持続のためには妊娠・分娩という営みが欠かせないが、これは女性に引き受けて頂くしかない。男性だけで構成された社会には、原理的に持続性はありえない。「ヒト」存続のために女性は不可欠であって、「元始、女性は太陽であった」という平塚らいてうの言は誤りではない。勿論、男性の配偶子である精子も不可欠であるが、子孫を残すために男性に課せられる作業は一瞬で済む。しかしながら、同じ目的のために女性が引き受ける妊娠・分娩という作業は、一定の期間における女性の社会的活動を限定してしまう。この主張にはフェミニズムの立場から「本質主義」という批判も加えられるだろうが、現実的には妊娠・分娩という作業中の女性は非妊時と同じ社会的活動ができる訳ではない。実際、前回(No.5091)触れた「母子保健法の解釈と運用」においても、「いわば社会的弱者」とすることで保護の根拠としている。しかし、保護されるのならば、それに対する見返りを保護者(=男性)から求められるかもしれない……これは生き辛さである。

一部の医学系大学における女性に不利益な得点調整について、莫大な公費が提供されて養成される医師の場合、長い生涯労働(=社会貢献)時間を期待できる男性に公費を投資するほうが有効であるという擁護論も蠢いていた。私はこの主張には与しないが、狭隘な視点からの効率論では反論し難くなる。ここに妊娠・分娩という営みを託される女性の生き辛さの一端が現れている。

あるいは性交……これを生殖という限定目的から解放しえた「ヒト」であるが、ここにおいても妊娠すれば、女性は何らかの対応を余儀なくされる。男にはその場から立ち去ることは容易かもしれないが、自らの身体の中に生じた事象からは逃げることができない。ミュシャンブレ流に言えば、妊娠という危惧を抜きにして「性」を楽しむことができないという枷もある……これもまた生き辛さである。

中井祐一郎(川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)[女性を診る]

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