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【識者の眼】「医療者の視点で人権を考える:長期収容というSDH」武田裕子

No.5088 (2021年10月30日発行) P.63

武田裕子 (順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)

登録日: 2021-10-08

最終更新日: 2021-10-08

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今、海外の映画祭で次々と受賞している日本発ドキュメンタリー映画があります。『牛久〜比類なき不正義』(トーマス・アッシュ監督)です。法務省・出入国在留管理庁(以下、入管)収容施設における難民認定申請者との面会室のやり取りを、本人の了解のもと録音・録画した記録映像です。国内では、山形国際映画祭が初上映となります(10月9日)。被収容者は「隠し撮り」の映画が公開されることで生じる不利益や危険を理解の上で、あまりにひどい状況を日本人に知ってほしくて協力したと記者会見で述べています。

私は、健康の社会的決定要因(SDH)を学ぶゼミを大学で行っており、学生たちとこの映画を視聴する機会がありました。頭痛を訴えた被収容者が医療を受けられずに翌朝亡くなったという証言や、診察の際に医師が述べた治療方針に、入管職員がここでは無理だと割って入ることが語られています。また、外部の医療機関を受診する際に手錠をかけられてしまうため、それを見た医療者の態度が途端に変わったという体験とともに「医学部で医の心を学んだはずなのに、それを忘れている」という指摘も。

本年3月に名古屋の入管施設で亡くなったウィシュマ・サンダマリさんに関する入管の報告書にも、嘔気・嘔吐、下痢が続き経口摂取が困難で座位保持もできないほどに衰弱し、繰り返し受診を希望したのに対応されなかった経過が記述されています。検尿でケトン体3+、尿蛋白3+でした。気になるのは、内視鏡検査を行った外部の医師が「内服できないのであれば点滴、入院(入院は状況的に無理でしょう)」とカルテに記載していることです。亡くなる2日前の精神科受診の際には、入管職員から「(患者は)支援者から病気になれば仮釈放してもらえる旨言われた」との説明があり、担当医が「詐病の可能性を考えた」と書いています。

弁護士は被収容者を「非正規滞在者」と表現し、法律に違反しているが犯罪者ではないと言います。期限のない長期収容が行われ、精神に変調をきたす人が後を絶ちません。「国際人権法違反」だと、国連の恣意的拘禁作業部会から指摘されています。WHOは、健康は基本的人権であると言っています。冒頭の映画を観た学生は、自分の住む国でこんなことが起きているとは知らなかったと涙しました。「不法」という言葉で、私たちの目が曇ることはないでしょうか。医療者として、長期収容は看過してはいけないSDHです。

武田裕子(順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)[難民][SDH][入管施設][長期収容]

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