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【識者の眼】「胃液の消化作用について」浅香正博

No.5086 (2021年10月16日発行) P.65

浅香正博 (北海道医療大学学長)

登録日: 2021-10-01

最終更新日: 2021-09-29

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胃の中には0.1規定の塩酸が満ちている。古代ギリシア人は胃酸を苦く酸っぱい液体として認識しており、酸と消化性潰瘍との関わりについても漠然とだが知っていたようである。消化について十分な理解がなされ、消化性潰瘍の病態生理学的な知識が得られるには、この時代から1000年以上も待たねばならなかった。ルネサンス時代になっても胃の消化作用は胃液ではなく胃の収縮により機械的に行われると信じられていた。もし胃酸が消化に重要な役割を果たしているならば、なぜ自分の胃を消化しないのかという疑問に答えられなかったからである。

19世紀になり、医師で化学者でもあったイギリス人のプラウトにより、初めて胃酸が塩酸であることが証明された。続いてドイツの生理学者シュワンによって胃内に消化酵素ペプシンが存在することが発見された。これらの発見によって胃は機械運動ではなく、胃液によって食物を消化することが証明された。食物に胃液と同じ濃度の塩酸やペプシンをそれぞれ単独で加えても、食物内の蛋白質はほとんど消化されない。ところが、塩酸とペプシンを一緒に加えると、たちまち消化作用が開始される。胃での消化作用の主役は、塩酸ではなくペプシンと呼ばれる消化酵素なのだ。ペプシンは酸性の環境下で消化能力を発揮するきわめてユニークな酵素であることが知られている。ペプシンの前駆物質であるペプシノーゲンは胃粘膜に含まれているが、消化能力を持たないため、危険性はない。ペプシノーゲンが胃内腔に分泌されると、胃酸が作用してペプシンに変化する。同時に、胃酸はペプシンが働きやすいpH1〜2の酸性環境を作ることで、胃における消化を間接的にサポートしている。

胃液の消化能力は大変強力で、ビーフステーキなども短時間でドロドロに消化されてしまう。胃の粘膜も蛋白質から作られているのに、なぜ胃液は自分の胃粘膜を消化しないのだろうか。胃粘膜の表層は、表層粘液細胞から分泌された粘液でびっしり覆われており、酸に対するバリアとして働いている。さらに、頸部粘液細胞から分泌される重炭酸塩はアルカリで、酸を中和することが可能である。重炭酸塩の働きで、胃粘膜表面のpHは常時5〜7に調整されている。胃内腔の平均pHが1〜2であることを考えると、粘液と重炭酸塩によるバリアはきわめて強力だ。精細に構築されている胃の防御機構の一部が破綻すると、酸による胃粘膜への攻撃が始まり、過酸症の人でなくても消化性潰瘍が引き起こされる。

浅香正博(北海道医療大学学長)[胃酸分泌]

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