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【識者の眼】「カブール医科大学で学んだこと」武田裕子

No.5083 (2021年09月25日発行) P.56

武田裕子 (順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)

登録日: 2021-09-07

最終更新日: 2021-09-07

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8月の米軍撤退に伴いタリバンに制圧されたアフガニスタンの首都カブール。私はここに2006年から8年にかけて短期間ながら3回滞在しました。JICAアフガニスタン医学教育プロジェクトでカブール医科大学の教育体制の再構築に関わる機会を得たためです。訪問前のアフガニスタンのイメージは、荒涼とした大地の広がる貧しい危険な国でした。しかし実際は、礼儀正しく信義に厚い人々が住み、客人を大切にする文化のある国でした。庭に美しいバラを咲かせていました。飾らない会話のなかで、原理主義者の行いはコーランの教えと反することをどうか理解してほしいと言われました。

滞在中、日本人というだけで受け入れられていると何度も感じました。特に言われたのは、戦後の荒廃から発展を遂げた日本のように、自分たちも国を復興したいという言葉です。中村哲先生の「緑の大地計画」はもとより、JICAや日本のNGO団体が現地の暮らしを尊重しながら取り組む、技術教育や人材育成は国際機関からも高く評価されていました。日本人のあまり知らないアフガニスタンという国において、歴史や先人の努力を称えてくれる人々。それは何よりの安全保障だと感じました。一方、米軍の駐留に対しては、「タリバン時代は不自由だったが少なくとも静かな日々を送れた」と言い、誤爆や巻き添えで亡くなる自国民が絶えないことを憤る言葉が聞かれました。部族国家で多様な民族が様々な価値観を持って生活している国で、その方向性を他国が決めることはできないと思いました。まして武器を手にしていては。

アフガニスタンが本来は自給自足が可能な農業立国で、緑が生い茂り果物がたくさん取れる豊かな国であったということはあまり知られていません。気候変動による大干ばつが続き農地は砂漠化し、多くの難民が発生しています。そこに紛争が加わりました。中村先生は著書に、瀕死の状態にあるアフガニスタンに必要なのは制裁や空爆ではないと書いています。餓死者の相次ぐ村落で、武装要員となって稼がざるを得ない悲劇的構造を「非民主的風土」のせいにして済む問題ではないと。「平和には戦争以上の力がある」「戦よりも食糧自給」、これも中村先生の言葉です。国連によると、今、1400万人が飢餓の危機に直面しています。国際社会の支援がすぐに必要です。平和は武力では得られません。地政学的に重要なこの地の安定は、世界の経済や治安に影響し日本も例外ではないのです。

武田裕子(順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)[アフガニスタン][飢餓][平和][中村哲]

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