株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「日本の皆保険制度を維持するために(3)費用対効果分析の実際」神田善伸

No.5070 (2021年06月26日発行) P.64

神田善伸 (自治医科大学附属病院血液科教授)

登録日: 2021-05-21

最終更新日: 2021-05-21

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

どんなに医療費が高騰しても、医療者としては診療現場に無制限に資源を投入して欲しいところだが、その原資は国民が支払っている税金や保険料であることを考えると、そうはいかないのだろう。そこで、一部の高額薬については費用対効果分析によって増分費用効果比(ICER)を算出し、医薬品の価格調整に用いる試みが始まっている(詳細は第2回No.5058を参照)。

ICERは臨床決断分析の手法で計算される。まず、比較対象となっている選択肢を最初の分岐点として、それぞれの選択肢の後に生じえる状態(state)に応じて細かく枝分かれしていく決断樹を描く。QOLで補正した生存年(QALY)の計算では、一定時間ごとに複数のstateの間をある確率(移行確率)に従って移行していくというマルコフモデルを用いることが多い。それぞれのstateにQOLで補正するための点数と、必要とする医療費をあてはめ、それぞれのstateに存在する期間とQOL点数を掛け合わせた値を合計することでQALYが算出され、同様に必要となる医療費も計算することができる。そして、各選択肢の医療費の差をQALYの差で割ることによってICERが計算されるのである。

私たちは慢性骨髄性白血病に対して初期治療薬として用いるチロシンキナーゼ阻害薬を比較する費用対効果分析を行った(Yamamoto C,et al:Blood Adv.2019;3(21):3266-77.)。イマチニブは7.34QALYに対して3253万円、ニロチニブは7.64QALYに対して3964万円、ダサチニブは7.68QALYに対して5151万円であり、イマチニブと比較した他の二剤のICERは2000万円以上となり、一般的に許容される閾値をはるかに上回っていた。

この計算は移行確率やQOL点数などの設定によって大きく左右されるため、それぞれの値に幅を持たせて再計算する感度分析を行う。しかし、例えば根治の可能性のある疾患で根治率に差がある場合、QALYを何歳から何歳までの範囲で計算するかによって結果は大きく異なり、長期間の計算(極端な場合100歳まで)を行うほど、根治率がわずかでも高い治療が有利になる。すなわち、モデルの設定方法によって意図的にどちらかの選択肢を有利に導く(みせかける)ことは可能である。公開されている費用対効果分析のガイドラインは抽象的な記載にとどまっており、現状ではCOIを管理するとともに、解析者が自らを律して中立性を貫く必要がある。

神田善伸(自治医科大学附属病院血液科教授)[高額薬剤]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top