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「未検証の幹細胞治療」を提供することは倫理的に許容されるのか─海外の医学系学会による評価と日本への示唆[提言]

No.5055 (2021年03月13日発行) P.50

藤田みさお (京都大学iPS細胞研究所 上廣倫理研究部門 部門長 特定教授/京都大学高等研究院 ヒト生物高等研究拠点)

八田太一 (京都大学iPS細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定助教)

登録日: 2021-03-15

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  • 〔要旨〕日本で安全性や有効性が証明されていない幹細胞治療が行われていることが海外から批判されている。本稿では,「未検証の幹細胞治療」は倫理的に許容されるのかという問いを立て,治療の現状と海外の医学系学会による評価を概観する。そこから,わずかな例外を除いてこうした治療を倫理的に正当化することは難しいと結論し,日本の再生医療等を考察した上で,国で現在進んでいる法律改正に向けた議論への提言を行う。

    1 背景

    2019年9月25日付けのNature誌が,日本で科学的エビデンスのない,いわゆる「未検証の幹細胞治療」が行われていることを批判した1)。事実,各国がこうした治療に対する取り締まりを強める中,2014年に施行された「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(以下,再生医療法)」2)では,臨床試験で安全性や有効性を確認していない幹細胞治療を自由診療下で提供することを禁じていない。そこで本稿では,「未検証の幹細胞治療」を提供することが倫理的に許容されるのかという問いを立て,これに回答することを目的に,治療の現状と海外の医学系学会による評価を概観する。導いた回答から日本の再生医療等を考察し,国で現在進んでいる法律改正に向けた議論への提言を行う。

    2 幹細胞を用いた未検証の治療の現状

    多能性幹細胞を用いた臨床試験の進展は著しく,これまで治癒が望めなかった疾患に対する新しい治療法の開発に大きな期待が集まっている。だが,血液がんに対する造血幹細胞移植等を除くと,幹細胞を用いた治療の多くは,科学的根拠が明らかではないと言われている。それにもかかわらず,エビデンスのない幹細胞治療が各国で商業的に提供されているとして,国際的に問題視されている。

    Bergerらは,幹細胞治療を広告するウェブサイト417件を分析し,アメリカ,インド,メキシコ,中国,オーストラリアの順で実施施設数が多いことを報告した3)。アンチエイジングや美容目的のものが最多であり,糖尿病,整形外科的損傷,多発性硬化症やパーキンソン病に対する治療も多かった。だが,調査は英語以外のウェブサイトを分析していないため,報告された実態はおそらく氷山の一角に過ぎない。実際には,さらに多くの地域,施設で様々な疾患に対する幹細胞治療が提供されている可能性が高い。

    因果関係は不明だが,幹細胞治療後の急性又は慢性の合併症及び死亡といった有害事象も,14か国で35件が報告されている4)。これには,日本で死亡した韓国人患者や5)6),自力歩行できなくなった日本人患者7)8)も含まれている。だが,実際の数はこれより多いことが予想される。実施施設が自ら有害事象を公表することは稀であること,治療後に帰国したり死亡したりした患者はフォローアップできないこと,疑わしい治療に多額の費用を投じた患者や家族がそのことを表面化させないこと等が考えられるからである。

    ただ,幹細胞治療の安全性と有効性を評価するには,治療対象となる疾患や用いられる技術に応じた高い専門性が必要となる。そこで次に,海外の医学系学会が,各専門領域の疾患を対象とする幹細胞治療をどのように評価しているのか概観する。

    3 海外の医学系学会による評価

    未検証の幹細胞治療が対象とすることが多い疾患領域の一つが整形外科である9)。オーストララシアスポーツ・運動医学協会は,システマティック・レビューを精査し,変形性関節症,腱障害,骨軟骨欠損に対する自家間葉系幹細胞投与の有効性は,いずれもエビデンスレベルが低いか,システマティック・レビューがなかったと報告した10)。安全性は短期フォローアップ報告が多く,長期フォローアップ研究は存在しないため,エビデンスとしては不十分とした。結論として,当該治療を日常診療下で行うことは,臨床試験が安全性と有効性を示した後にすべきであり,安全性と有効性を示すデータがない間は,こうした治療を有償で提供することは医師の職業倫理に反する旨を明示した。

    米国胸部学会は,肺疾患に幹細胞を用いた適切な臨床試験が少数あることに触れつつも,安全性と有効性の短期・長期的影響はまだほとんど明らかになっていないとした11)。同学会は,肺気腫,肺高血圧,囊胞性線維症,肺線維症といった多様な疾患に治療が提供されている情報を懸念し,避けるべき治療の特徴を次のように挙げた:法外な費用,リスクや利益に関する虚偽表示,患者の体験談を多用,患者のフォローアップが不十分,規制当局による監視や予期される利益についての客観的な臨床エビデンスがない。同学会は一般市民向けの注意喚起も行っている12)

    米国眼科アカデミーは,網膜疾患を対象にした臨床試験の現状に触れた上で,脂肪由来幹細胞を用いた治療の多くは,安全性と有効性が明らかではないと述べた13)。本来の環境と異なる環境で,異なる機能を持つことを期待されて移植された脂肪由来幹細胞には,増殖,腫瘍形成や炎症の増幅,意図しない部位への遊走といったリスクがあるとし,公衆に対して安全性と有効性が保証できるよう,臨床試験を適切に実施し,科学的評価を行う必要があると明言した。

    英語圏以外の学会からも声明が出されている。中国糖尿病学会によると,少数の糖尿病患者を対象に造血幹細胞または間葉系幹細胞移植をした研究報告はあるが,研究デザインに明らかな限界があり,インスリン療法に対する幹細胞治療の優位性は明らかでないという14)。糖尿病に対する当該治療は未だ前臨床段階にあり,日常診療としてこれを用いることは推奨しないとしている。
    疾患以外を扱う学会による取り組みもある。米国美容整形学会と形成外科医学会は,幹細胞を用いた美容医療を支持する科学的エビデンスを調べる目的で,査読論文のシステマティック・レビューを行った15)。9,000本以上の論文をスクリーニングした結果,関連ある論文は20本以下であり,エビデンスレベルの低いものが主であった。結論として,美容外科領域で幹細胞治療を提供して対価を得たり,これを推進したりすることを支持できるエビデンスはないと述べ,まずは臨床研究を行うべきであると提言した。

    4 未検証の治療と新規性の高い未確立医療的介入

    未検証の幹細胞治療が横行する実態は,疾患領域を問わず懸念されている。国際幹細胞学会は,ガイドラインで次のように警告した。

    学会は臨床研究や新規性の高い未確立医療技術(medical innovation)の枠外で,本ガイドラインや関連法に従わず,特にビジネスとして未検証の幹細胞医療を行うことを非難する。科学者や臨床医は職業倫理としてこうした活動に関与すべきではない。市場に出回る推定(putative)「幹細胞医療」の多くには,日常利用や商業利用を正当化するほど安全性や有効性に関する十分なエビデンスがない。未確立の幹細胞医療,又は,幹細胞を含む,あるいは幹細胞に働くと偽って市場に出ているその他の細胞医療は,患者を危険に晒すだけでなく,幹細胞研究領域の評判まで危うくし,科学や臨床開発の現状に混乱をもたらしかねない重大な脅威でもある。政府当局や専門家組織には,幹細胞を用いた医療の商業利用を管理する規制を策定し,これを厳しく実施するよう推奨する16)

    また,国際細胞治療学会は,問題ある未検証の細胞治療の特徴を(特に幹細胞に限定せず)明確化し(表1),まずは科学的エビデンスを得ることが重要と強調した17)
    ただし,いずれの学会も例外を設定している点に注意が必要である。国際幹細胞学会は,「ごく限られた場合において,臨床医が少数の重篤患者に幹細胞を用いた新規性の高い未確立医療的介入(medically innovative stem cell-based interventions)を試すことは正当化してよいと認める」とし,上記で警告した未検証の幹細胞治療とは区別した16)。国際細胞治療学会も,患者が開発初期の段階で効果が期待できそうな細胞治療にアクセスすることは可能にすべきとした17)。このことは,医学研究の国際指針であるヘルシンキ宣言が,「個々の患者の処置において証明された治療が存在しないかまたはその他の既知の治療が有効でなかった場合」に,未実証の治療(unproven interventions in clinical practice)を認めている点とも合致する(日本医師会訳に依拠する)。既存の治療を受けても改善が見込めない患者にとっては,新しい治療にアクセスできる利益が未検証の治療を受けるリスクを上回るという論理が,こうした例外的な救済措置を正当化する根底にあると言える。

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