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【識者の眼】「認知症の易怒性や不穏は環境が作る」上田 諭

No.5049 (2021年01月30日発行) P.59

上田 諭 (戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)

登録日: 2021-01-13

最終更新日: 2021-01-13

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認知症で最多のアルツハイマー病(AD)では、易怒性や不穏などのBPSD(行動心理症状)出現が、周囲の対応など環境に大きく左右されることはもはや常識であろう。いまだ脳の障害のせいと考える医師もいるが、それは少数だと信じたい。ADで障害される脳は主に記憶や実行機能の部分であり、易怒性や妄想などを生じる神経学的基盤は見つかっていないからである。

AD歴6年、80代女性の例を紹介したい。肺炎で入院後、医師や看護師が応対すると、「何するの!」「どうしてそんなこと聞くのよ!」「私を馬鹿にしてるのね!」と眉を吊り上げて怒り、会話にならなかった。バイタルチェックや服薬も拒否する傾向があり、看護師も対応に苦慮した。当初は、肺炎によるせん妄の混乱だと考えたが、肺炎が完治して血液所見も正常化しても、怒りの状態はなお続いた。念のために行った脳波に異常はなかった。

同居していた娘さんによると、もとはパート仕事につき、社交的で穏やかな人だったというが、ADを発症後、物忘れやできないことが増え、娘とのけんかが絶えなくなり、家を飛び出すことも一度ならずあったという。娘は「甘やかせば何もできなくなる」と考え、できないことに対し指摘や注意をいつもしていたとのことだった。

女性の易怒性はそこに原因があると思われた。娘に失敗を叱責されることが常になり、自尊心は大きく傷つけられて、引け目と劣等感ばかり抱くようになる。プライドを保とうと周囲にはいつも意地を張り、「馬鹿にしないで」という壁を作ってしまった。それが何にでも怒る態度として出ていたのであろう。

病棟看護師が、本人を批判しない優しい受容的態度で接して1カ月たつと、女性は怒ることがほとんどなくなり、別人のようにフレンドリーな人になっていた。投薬はごく少量の抗精神病薬(オランザピン2.5mg)のみで、情動安定に部分的にしか効いていないと思われた。

認知症でよくいわれる易怒性や不穏などは、ADの場合、多くが周囲の人の対応の仕方などの環境による。それを教えられる事例だった。

上田 諭(戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)[認知症医療]

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