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【識者の眼】「COVID-19パンデミック時に生殖医療は不要不急か?」早川 智

No.5044 (2020年12月26日発行) P.59

早川 智 (日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)

登録日: 2020-12-11

最終更新日: 2020-12-11

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古典ギリシア語で、時を意味する単語にはクロノスとカイロスがある。過去から未来へ、一律に流れてゆく物理的な時間がクロノスであり、何らかの事件でそれまでの社会や秩序、個人にとっての価値観や認識が変わる主観的な時がカイロスである。今回のパンデミックは、わが国にとって明治維新や第二次大戦の終戦にも匹敵するカイロスであるが、歴史の上で、感染症流行による社会の変化は度々生じている。近くは100年前のスペイン・インフルエンザ、遠くは500年前の梅毒、さらに遡って700年昔の黒死病(ペスト)であろうか。

これら同様、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は全世界に大きな影響を与えているが、産婦人科医療も例外ではない。産婦人科のカバーする領域は広いが、大きく妊娠出産を扱う「周産期医療」、子宮癌や卵巣癌などを治療する「婦人科腫瘍学」、そして不妊症を扱う「生殖医療」に分けられる。COVID-19流行下でも妊娠出産は待つことができず、また悪性腫瘍の患者さんも治療の遅れは生命予後に繋がる。その点、不妊症は直接本人の生命予後に関わらないため、「不要不急」と誤解されがちである。しかし、妊娠予後を決定する最大の因子は女性の年齢である。35歳未満の女性で始めた生殖医療の成功率は40%以上であるのに対し、40歳以上で開始すると5%未満になるので、数カ月から年余の遅れは大きい。35歳未満でも悪性腫瘍や自己免疫疾患を患い、卵子を傷害する可能性の高い薬物治療を受ける女性では治療開始前に卵子または胚の凍結保存が必要となる。イタリアの産婦人科医AlviggiはCOVID-19流行下における生殖医療には①高齢、卵巣予備能がないなど緊急性の高い方を優先し、②対面診療を要する不妊患者のために、それ以外の患者の制限や遠隔医療を行い、③院内感染予防と医療資源確保のため、不妊治療とCOVID-19診療を別々に行い、④医療環境の衛生管理と並行して医療スタッフに個人防護具(PPE)使用教育と社会的距離、予約時間の遵守を教育する─ことを提言している(Alviggi C, et al:Reprod Biol Endocrinol. 2020;18(1):45.)。

幸いなことにCOVID-19には当初危惧されたような催奇性は無く、母子感染も極めて稀であるが、今後の見通しは不明である。パンデミックは有効なワクチンや特効薬が見つかるまでは(見つかっても)数年は続く可能性がある。その間に生殖医療を含む産婦人科診療をいかに維持するかが我々にとっての最大の課題であろう。

早川 智(日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)[新型コロナウイルス感染症][産婦人科]

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