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【識者の眼】「前立腺癌は検診による早期発見で大幅に予後改善」伊藤一人

No.5037 (2020年11月07日発行) P.60

伊藤一人 (医療法人社団美心会黒沢病院病院長)

登録日: 2020-10-28

最終更新日: 2020-10-29

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今回は、No.5011で指摘したPSA検診に批判的な6つの意見のうち、最後の「前立腺癌の相対生存率(実測生存率を一般集団の期待生存率で割り、算出)は非常に良好なので、症状が出てからの発見で十分間に合い、検診は不要」について、泌尿器科臨床医の立場から意見を述べます。

前立腺癌の5年、10年相対生存率(1993~2006年診断例)は、それぞれ限局癌100%、98%、浸潤癌・所属リンパ節転移癌89%、73%、遠隔転移癌40%、23%です。群馬県で1981〜96年に診断された前立腺癌の病期別の相対生存率は、検診発見癌が検診外発見癌に比べて有意に良好でした。リードタイムバイアスの影響はありますが、特に浸潤癌と転移癌において、両者の相対生存率には大きな差がありました。この事実は非常に重要で、前立腺癌は進行癌でも無症状のことがままあり、検診において、こういった進行癌がより早く発見でき、より早い適切な治療介入を行ったことにより、大幅な予後の改善が得られたと考えています。国のがん情報サービスのデータでも、各病期別の5年相対生存率は、時代とともに改善傾向にあり、特に浸潤癌・所属リンパ節転移癌では、1993〜96年は71%であったのが、2006〜08年では98%と大きく改善しています。これは、PSA検診により、無症状の根治可能な段階で発見される局所浸潤癌が増え、さらには治療の進歩が大きく影響したと考えられます。

また、相対生存率をみる時に、一般集団と癌症例の実生存年と質調整生存年(QALY:健常者と同等のQOLを担保しながらの生存年)の解離にも注意が必要です。前立腺癌は遠隔転移癌でも5年相対生存率は40%と他の癌腫より高いですが、進行癌ほど相対生存率の評価は当てになりません。遠隔転移癌患者はたとえ数年生存できた場合でも、病状進行に伴い、精神的、肉体的、経済的苦痛は徐々に重くなります。緩和的な治療であるホルモン療法実施中の健康水準の推定(QOL低下指標:完全な健康状態=1、死亡状態=0)は中央値で0.60に低下、ターミナルステージでは0.40に低下しますので、QALYでみると実生存年の半分にも及びません。

PSA検査がない時代には、外来で発見される前立腺癌の6割は骨転移の状態で発見されていました。前立腺癌は症状が出てからの発見で十分という、科学的根拠は皆無です。

伊藤一人(医療法人社団美心会黒沢病院病院長)[泌尿器科における新しい問題点や動き]

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