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苦悩と癒し[3]─患者への関わりの深さと自己認識[プライマリ・ケアの理論と実践(75)]

No.5031 (2020年09月26日発行) P.12

草場鉄周 (北海道家庭医療学センター理事長)

登録日: 2020-09-24

最終更新日: 2020-09-23

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SUMMARY
苦悩を抱える患者に向き合う際の医師自身の感情を科学的な態度から抑圧することは,患者との間に距離を作り患者の癒しを阻害するため,自己認識で利己的な感情が生じるのを回避しつつ,深い関わりを維持することが大切である。

KEYWORD
自己認識
患者との関係性の深まりで生じうる「利己的な感情」を避けるためには,患者に無意識に逆転移する自分の心理的傾向を自己認識することが重要であり,そのためには自分の生い立ちや過去の人間関係などの振り返りが役に立つ。

草場鉄周(北海道家庭医療学センター理事長)

PROFILE
1999年,京都大学医学部卒業。2003年に家庭医療学専門医研修を修了後,2008年に医療法人北海道家庭医療学センターを設立。公職は日本プライマリ・ケア連合学会理事長,北海道医療対策協議会委員など。

POLICY・座右の銘
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。

1 ケース

74歳女性。1年前から腰部脊柱管狭窄症による下肢のしびれと痛みが様々な鎮痛薬による内服治療でも緩和されず,手術も難しい状況にある。一人暮らしで炊事,洗濯,掃除などを行う際の疼痛のつらさを訴え,「生きていても仕方がない,早く夫の元に旅立ちたい」と涙を浮かべながら語り,その背景には同様の症状で周囲から孤立し苦しんだ義母と同じように生き続けることへの恐怖が影響していることがわかった。

あなたは比較的診療に余裕のある午後の外来で,まだ十分に使用できていなかった鎮痛薬の用量の調整を行いながら,患者の語りをじっくり傾聴した。そして,患者にとっての痛みが,義母と同じように孤独な死を迎えるのではという絶望感と同じ意味を持つことを認め理解しようと努めた。また,症状がつらいときはいつでも受診し相談に乗れることも伝えた。

家族について聞いてみると,患者は遠方に住む息子夫婦のこと,そして自慢の孫が来春に大学受験を迎え,無事合格して欲しいと祈っていることをうれしそうに語った。面接を繰り返す中で,患者は義母が下肢の痛みを訴えていたときに誰の力も借りないという頑なな姿勢であったことを思いだし,「自分もお母さんと同じだとハッと気づいたんです」と語った。「この病気は,私にもっと心を開いて,周りの人の力を借りてもよいことを教えてくれたのかもしれませんね。遠い先の暮らしは見えないけど,春夏秋冬の庭の草花や木々の移ろいは楽しめていますし。先生と話していると,自分がつくっていた心の殻が溶けてきたみたい」。

あなたは診察を繰り返す中,ふと自分の母親の話を聞いているような錯覚を覚えた。そして,なんとか元気になって欲しいと心から望んでいる自分の気持ちにもふと気づいた。それは看護師にも伝わったようで,以前よりもこの患者を診察する際の表情が柔らかく楽しそうだと言われた。自分自身の心が揺り動かされていることには,これで良いのだろうかという漠然とした違和感もあったが,患者が癒されつつあることには心地よさと充実感を得ているのも事実であった。

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