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【識者の眼】「シスターの通訳者に届いたブラジルからの写真」南谷かおり

No.5030 (2020年09月19日発行) P.62

南谷かおり (りんくう総合医療センター国際診療科部長)

登録日: 2020-09-09

最終更新日: 2020-09-09

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市販の妊娠検査薬で陽性と出たため、彼氏と当院の産科を訪れた20代のブラジル人女性。現在妊娠5週6日と診断され、中絶するなら4〜5週後までにと伝えられた。妊婦と彼氏は同じブラジル出身でも地域が異なり、職場で知り合い付き合っていたが、妊娠は予定外の出来事であった。二人はいわゆる出稼ぎ労働者で、今後日本で暮らしていくことは、経済的理由や親族がブラジルにいることから難しい状況であった。カトリック信者である二人にとって中絶は受け入れがたかったが他に選択肢はないと諦め、予約して診察室を出た後に廊下の隅で泣いていた。

二人が帰った後、担当した通訳者が憔悴した様子で相談に来た。「こんな辛い通訳は初めてで、泣いている二人に心が痛んだ。外国人を助けたくて活動しているのに、中絶に加担するような通訳はもうしたくない」と訴えた。それもそのはず、ポルトガル語通訳が少ないなか、彼女は手伝ってくれている現役の教会のシスターだったのだ。彼女が患者の手を握ってあげるだけで、患者は安心したものだ。

医療通訳者には、外国語が得意で言語を極めたい通訳者と、ボランティア精神と人道支援から活動しているタイプがいる。会議通訳やビジネス通訳は正確に訳すことが大事で、思いやりや優しさなど求められないが、医療面接では患者の信仰心や価値観、時には死生観まで関わるため、機械のような通訳は歓迎されない。人生経験が豊富なほど、患者の抱える問題や立場も理解しやすく、それなりの配慮ができる。そういう医療通訳者は医療チームの一員だと考えている。

このカップルは後日ブラジルの親に相談したら、懐妊はおめでたいことだから結婚してブラジルで産みなさいと言われたそうだ。しかも、偶然にも祖父母同士が知り合いだったらしい。

そして1年後、シスターのもとにブラジルから可愛い赤ちゃんの写真が届いた。

南谷かおり(りんくう総合医療センター国際診療科部長)[外国人診療]

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