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【識者の眼】「原因の見つからない愁訴はメンタルか」上田 諭

No.5027 (2020年08月29日発行) P.59

上田 諭 (戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)

登録日: 2020-08-11

最終更新日: 2020-08-11

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痛みなどの身体的愁訴で各診療科を訪れる人の中に、諸検査を行っても何も所見のない人がいる。しばしば精神・心理的問題が原因だと疑われて「精神(メンタル)科へ」と紹介され、多くは疑問を感じながら精神科の扉をたたく。

ところが、そのうちかなりの人は精神的問題も見当たらないのである。苦悩やストレスを抱え、症候からすぐにうつ病や不安症と診断できる人はむしろ少ない。生活にも仕事にも不満がなく対人関係も良好であるのに、身体の痛みと苦しさを訴える人を見ていると、「見つけにくい身体疾患が見逃されているのでは」との思いがよぎる。各診療科の技量を疑うのではない。現代医学に未知の身体疾患が隠れているのでは、と思うのだ。

この20〜30年だけでも、いくつかの未知の疾患が判明した。心窩部周辺(上腹部)の痛みや膨満感を訴え、胃内視鏡を施行されて所見のない患者はかつて、「身体的に何も問題がないのにくどくどと訴える」と疎まれ、「不安神経症(ノイローゼ)」などと言われた。しかし、現在ではそのうち一定数は身体疾患だとわかった。胃内視鏡では見つからない胃・十二指腸の病変として機能性ディスペプシアという疾患概念ができ、適応となる薬剤も上市された。心理的問題がすべて無関係とされたわけではないが、身体的基盤が明確になったのである。

「心臓神経症」という言葉も以前はよく聞かれた。心電図所見や胸部レントゲン、CTに何ら問題がないのに、胸部圧迫感や動悸、呼吸苦など上胸部症状を訴える人。労作負荷心電図まで施行しても、狭心症の所見はない。「メンタル(由来)だ」と言われてきたこうした症状の人の中に、異型(冠攣縮性)狭心症というれっきとした身体疾患が含まれることがわかった。冠動脈の狭窄はもともとなく、冠動脈血管内皮と自律神経の異常により一時的な攣縮(スパズム)を生じて冠血流を閉塞する病態である。2013年に女優の天海祐希さん(当時45歳)がこれによる心筋梗塞で舞台を降板し、「肥満も不摂生もない人でも起きる病気」として話題になった。

諸検査異常なしだからとすぐ精神科へ送るのではなく、「未知の身体疾患ではないのか」という直感を持てる医師が増えてほしい。

上田 諭(戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)[未知の疾患]

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