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【識者の眼】「『せん妄』を否定した乳腺外科医控訴審逆転有罪判決の波紋」小田原良治

No.5023 (2020年08月01日発行) P.58

小田原良治 (日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長)

登録日: 2020-07-22

最終更新日: 2020-07-22

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いわやる乳腺外科医事件は、乳腺外科医が自ら執刀した女性患者の手術直後の胸を舐めるなどのわいせつ行為をしたとして、逮捕、起訴された事件である。第1審の東京地裁は、「事件があったとするには合理的疑いを差し挟む余地がある」として無罪を言い渡した。術後「せん妄」による性的幻覚体験を認定するとともにDNA検出に関する科捜研検査の杜撰さを断罪した適切な判決であった。控訴審の東京高裁(朝山芳史裁判長)は、本年7月13日、東京地裁の無罪判決を破棄し、懲役2年の実刑を言い渡した。

控訴審判決は、刑事裁判で有罪判決を言い渡す基準とされる「合理的疑いを超えた証明」や「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反し、「医療崩壊」の誘因ともなりかねない独断的判決であり、術後「せん妄」を否定する見解は、今後の現場医療に与える影響があまりにも大きい。

控訴審において、裁判官は自由心証主義に基づいて、専門家の意見を採用しなかったということであるが、裁判官が専門家の意見を否定し、自らの先入観念で判決を下すということは、裁判官の心証に依存する我が国の司法制度への不信を増強し、自由心証主義そのものを殺すことになるであろう。

本控訴審判決の問題点は大きく次の3点にある。①本判決は、看護師、同室患者等の証言を信用せず、一方的に被害者とされる女性の証言のみを信用できるとした公平性の原則に反する不当なものである、②術後「せん妄」について、専門家の意見を排除し、学術的コンセンサスが得られたDSM-5も無視した独断と偏見に満ちた判決である。全身麻酔回復期に発生し得る「せん妄」を頭から否定する裁判官の独善的行為が存在する限り、医療行為そのものがハイリスクであり、医療の萎縮、医療崩壊を招きかねない、③第1審で明確になった科捜研のおよそ科学とは程遠い杜撰なDNA検査を頭から肯定する司法の在り方は、冤罪を招きかねず、我が国の証拠採用の在り方を問うものと言えよう。

術後「せん妄」を否定する今回の判決が確定することは、我々医療界にとって大きな問題であり、我が国の医療の崩壊を招きかねない。我が国の医療を守るために、我々医療者が一丸となって偏向司法への抗議を行うべきであろう。

小田原良治(日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長)[乳腺外科医事件]

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