株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「病気でなく病人を診なさい─医療に宗教的素養が望まれる理由」田畑正久

No.5015 (2020年06月06日発行) P.61

田畑正久 (佐藤第二病院院長、龍谷大客員教授)

登録日: 2020-05-19

最終更新日: 2020-05-19

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

病気でなく病人を診なさい。この言葉は日野原重明先生や日野原先生が師と仰ぐオスラー先生の言葉として多くの医療人は聞かれたことがあると思います。患者を全人的に診ることに関して十数年前、NBM(narrative based medicine、物語に基づいた医療)という言葉がEBM(evidence based medicine、根拠に基づいた医療)を補完する言葉として提唱されました。患者の人生観、価値観などを尊重することで全人的対応に近づくとされています。

心理学者の河合隼雄は本の中で、恋人を交通事故で亡くした女性が遺体を前にして「なぜ死んだの」と悲しんでいたら、彼女のそばにいた医師が「出血多量」で死にました、と説明したというエピソードを紹介しています。科学の得意とする領域は英語のhowやwhatで始まる疑問文に答えるところです。物事のカラクリを解明して、私たちの思いに近づける(管理支配)思考です。しかし、女性の「なぜ死んだの」は、人生の不条理さを嘆き悲しんでの言葉です。英語のwhyで始まる疑問文です。これは哲学、宗教的思考の領域です。

医療は科学を基礎にしたアートである、と言われるように、病気を抱える病人を相手にする医療は哲学的、宗教的な素養が望まれるゆえんです。東大の内科の基礎を創ったベルツ医師は西洋医学を日本に根づかせようと長年、献身的に取り組みました。この中で、苦言を呈した講演録が残されています。ベルツは「日本が、西洋科学を基礎にした医学を学ぶ中で、科学の『果実』だけを取り入れようとして、その背後にある文化性を学ぼうとしていない」と言われているのです。

江戸幕府の宗教政策(主に、戸籍係と死者儀礼に関わらせる)、明治以降の民族宗教の国家神道政策、終戦後のまさに焦土と化した国土の状態から科学的合理思考教育で今日の物質的豊かさは実現できました。しかし、『自己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス著、紀伊國屋書店)の中で指摘される、「人間とは遺伝子に操られた乗り物である」というような物語(人生観)で良いのでしょうか。哲学、宗教の素養の乏しい日本人はどこを目指そうとしているのでしょうか。

田畑正久(佐藤第二病院院長、龍谷大客員教授)[医療と仏教]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top