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【識者の眼】「『塀』の中の彼女たち」中井祐一郎

No.5005 (2020年03月28日発行) P.56

中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)

登録日: 2020-03-29

最終更新日: 2020-03-25

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旨いものを食わせる「行きつけ」の店をお持ちの方は多いだろうが、弁当屋とコンビニで食を繋ぐ私には無縁である。その代わりと言っては何だが、「行きつけ」の刑務所ならば幾つかある。

そのうちの一つ…某刑務所では、併設された女棟で月一回の診療を行っている。毎回10人弱の受診者がいるが、収容定員から考えると、5%近い受刑者を診ている勘定になる。一般市民における(産)婦人科の受療率は知らないが、これは高率と言ってもよかろう。

受刑者には処遇指標という概念があり、男子は属性と犯罪傾向の進度によって収容先が決められる。しかし、女子は一括収容されるため、初犯から累犯者まで様々な女性がいる。覚せい剤取締法違反と窃盗が多く、いずれも累犯者が多い。彼女たちの多くは、月経障害を主訴としている。冷暖房もない閉鎖空間で、数名の同室者と起居を共にする生活は、社会におけるそれと大きく違う。そのストレスは大きく、月経の変調があるのは当たり前だろう。

刑務所における医療…矯正医療という…には、必要かつ十分なものとするという原則がある。したがって、続発性無月経が対象となるのかという問いもあるが、社会復帰に備えて、市民としての生活に相応しい心身を取り戻すのも役目であろう。

しかし、罪を重ねた女性たちの中には、社会に戻った時の生を想像し難い場合もある。私と彼女たちの違いは、何処から生まれたのだろう?

確かに、私は教育を真摯に受け、幾許かの努力をしてきた。しかし、それは教育を受けることができる環境に生まれたことや、学力という物差しでの評価に有利な才能を持っていたことによるのであって、これらは私が自ら獲得したのではなく天与のものである。私も、彼女たちと同じ環境で生を受けたのであれば、どんなことになっていたかはわからない。

私にできることは限られているが、同じ市民として彼女たちに向かい合い、社会に戻った彼女たちに幸あらんことを祈るばかりである。

中井祐一郎(川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)[女性を診る]

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