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セアカゴケグモ咬症の診断・治療・予後は?

No.4957 (2019年04月27日発行) P.58

夏秋 優 (兵庫医科大学皮膚科学准教授)

登録日: 2019-04-28

最終更新日: 2019-04-23

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最近あまり話題になっていませんが,セアカゴケグモ咬症の現況と診断,治療,予後について,文献とともにご教示下さい。

(岩手県 W)


【回答】

【全身状態管理と疼痛コントロールが基本。入手困難な抗毒素は重症例以外には使用しない】

セアカゴケグモ(Latrodectus hasselti)はオーストラリア原産の毒グモで,わが国では1995年に大阪府で最初に発見されました。その後,人為的な物資の移動に伴って分布を拡大し,2018年には全国44都道府県で記録されています。主な生息場所は,工場や公園,住宅地や駐車場などにあるブロックの窪みや裏側,道路の側溝の溝蓋(グレーチング)の隙間,植木鉢やプランター,エアコンの室外機の隙間などであり,人工的な環境を好むため身近な場所のどこにでもみられるクモと考えられます。

雌には小さな毒牙があり,α-ラトロトキシンと呼ばれる神経毒を有します1)。咬まれると,局所に紅斑や腫脹が出現する場合もありますが,毒牙が小さいので咬み痕はほとんどわかりません2)。咬まれたときの症状として,最初は軽い痛みでも,時間とともにしだいに痛みの強さと範囲が増大し,咬部以外の部位にも激しい疼痛を生じることがあるのも特徴です。たとえば,上肢を咬まれた場合に胸部痛が起こると心筋梗塞との鑑別が必要になり,下肢を咬まれた場合に激しい腹痛を訴えると急性腹症との鑑別が必要になります。

全身症状としては発汗,嘔気,嘔吐,発熱,めまい,頭痛,不眠,全身の発疹,高血圧,頻脈,下痢,食欲不振,関節痛,不安感,羞明,流涙等,多彩な症状が認められますが,これにはかなりの個人差があります。多くの場合,これらの症状は1週間程度で改善しますので,予後は良好です。

患者がセアカゴケグモを持参した場合には確定診断が可能ですが,クモを持参しない場合や,乳幼児が突然の痛みを訴えた場合には,咬まれた状況(場所,季節,患者の行動など)や臨床症状を勘案して判断せざるをえません。鑑別すべき虫刺症としては,ハチ刺症,ムカデ咬症,イラガ幼虫の毒棘との接触などのほか,形態や色調が類似するヨコヅナサシガメというカメムシによる刺症も考慮する必要があります3)

治療の基本は全身状態の管理と疼痛コントロールです。軽症であれば鎮静薬としてジアゼパム,鎮痛薬としてコデインリン酸塩を処方して経過を観察します。時には筋弛緩薬のダントロレンも用いられます4)。非ステロイド消炎鎮痛薬は無効で,疼痛が激しい場合はモルヒネが必要になることもありますので,ペインクリニックなどに相談して下さい。全身状態が不安定であれば入院治療が必要です。

重症の場合はセアカゴケグモ抗毒素血清が必要とされますが,近年は入手困難な状態であり,実質的には使用できない状況です。2018(平成30)年3月29日付けの厚生労働省健康局結核感染症課からの事務通達によると,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業)「抗毒素の品質管理および抗毒素を使用した治療法に関する研究」(研究代表者:聖路加国際病院・一二三亨医師)による臨床研究として,一二三医師と主治医が相談した上で,研究代表者から患者に対して研究班が保管している抗毒素を遠隔処方することができるとされていますが,当該抗毒素の投与は臨床研究の一環として行われるものであり,主治医は研究協力者として研究班への参加が必要となります。

したがって,実情としてはよほどの重症でない限り,抗毒素を使用せずに対症療法で回復を待つことになります。セアカゴケグモ咬症に対する標準的な鎮痛治療に抗毒素を追加投与しても,疼痛や全身症状の改善に有意な差が認められない,という報告5)もありますので,抗毒素の投与は必須ではないと考えられます。

【文献】

1) 小林睦生, 他:公衆衛生. 2010;74(5):373-6.

2) 夏秋 優:高知県医師会医誌. 2015;20(1):27-31.

3) 夏秋 優:Dr.夏秋の臨床図鑑 虫と皮膚炎. 学研メディカル秀潤社, 2013.

4) 高岡 諒, 他:救急医. 2001;25(2):165-7.

5) Isbister GK, et al:Ann Emerg Med. 2014;64(6): 620-8.

【回答者】

夏秋 優 兵庫医科大学皮膚科学准教授

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