総編集・著: | 深田修司(隈病院 内科顧問) |
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判型: | B5判 |
頁数: | 400頁 |
装丁: | 2色部分カラー |
発行日: | 2021年03月15日 |
ISBN: | 978-4-7849-5985-3 |
版数: | 第1版 |
付録: | 無料の電子版が付属(巻末のシリアルコードを登録すると、本書の全ページを閲覧できます) |
遺伝性甲状腺疾患というと,少し戸惑う読者もおられるかもしれない。
まず,甲状腺ホルモンの流れを眺めてみることにする。視床下部からのTRH刺激に応じて,下垂体サイロトロフからTSHが合成・分泌される。TSHは甲状腺濾胞細胞の基底膜上にあるTSH受容体に結合し,甲状腺ホルモン合成のすべてのステップを活性化させる。つまり,ヨウ素は基底膜にあるNISにより濾胞細胞に取り込まれ,先端膜のペンドリンなどのタンパクを通過し,酸化され,Tgのチロシン残基に結合し,それらが縮合することにより,甲状腺ホルモンが生成される。濾胞腔に貯蔵されたTgは,必要に応じて濾胞細胞内に取り込まれ,加水分解され,基底膜上の膜トランスポーターであるMCT8を通過し,血液中に甲状腺ホルモンが放出される。甲状腺ホルモンには活性を有するT3とその前駆体のT4があるが,その大部分は血液中の甲状腺ホルモン結合タンパクであるTBG,アルブミンなどに結合する。一方,結合していない極微量の遊離T4,遊離T3が肝臓や脳などの臓器の細胞内に,MCT8やOATP1C1などの膜トランスポーターを通じて流入する。その後,脱ヨウ素酵素によりT4がT3に変換され,核内の受容体(TRα,TRβ)に結合することにより甲状腺ホルモンとしての作用を発揮する。
これらの各過程に遺伝子が深く関わっていることは言うまでもない。それらの遺伝子,あるいは甲状腺腫瘍形成に関わる遺伝子異常を解説したのが本書である。
遺伝性甲状腺疾患は希少で,一生お目にかかることはないと思われるかもしれない。イギリスの一般開業医であったVaughan Pendredは,先天性両側難聴と巨大甲状腺腫という奇妙な組み合わせの姉妹例を,「何かあるのでは?」と見抜き,20代の若さで1896年にLancet誌に報告した。このペンドレッド症候群の原因遺伝子であるPDS遺伝子が特定されたのは,実に100年後である。
遺伝性甲状腺疾患の診断に行きつくためには,すべての甲状腺疾患には遺伝子が関係しているのではと常に念頭に置き,V. Pendredのような少しのひらめきと基本に忠実な鑑別診断を,患者の協力も得ながら,根気強く進めていくことから始まる。しかしそれでも,原因遺伝子を特定できないことが多々あり,このような場合,疑問をそのままペンディングして次のチャンスを待つという多少の執念深さも必要とする。「疑問の泉」を決して枯らしてはいけない。
本書は,遺伝性甲状腺疾患を理解するための基本事項,各疾患の詳細な解説,さらに具体的な症例を挙げて,稀少疾患のみならず一般の甲状腺疾患にも理解と関心が深まるよう構成されている。本書が読者にとって遺伝性甲状腺疾患の理解を深める契機となることを心より期待する。
最後に,コロナ禍の中,執筆にご協力をいただいた諸先生方に心より感謝いたします。