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[「未決拘禁者」に対する矯正医療【上】]矯正システムの要「拘置所」で医療に従事「誰かがやらなくてはいけない仕事です」〈提供:法務省矯正局〉

登録日: 2025.12.23 最終更新日: 2026.02.21

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刑事施設には、受刑者を収容する刑務所・少年刑務所のほかに、刑事裁判の判決が確定していない「未決拘禁者」(いわゆる刑事被告人)を主に収容する拘置所がある。拘置所には刑務所とは異なる明確な役割があり、医療事情にも特徴がある。
未決拘禁者はどのような疾患・悩みを抱え、拘置所で矯正医療(矯正施設の医療)に従事する矯正医官は、どこにやりがい・難しさを感じているのか。拘置所で働く矯正医官の本音に迫るシリーズを上・下2回でお届けする。(写真は拘置所内の診察室の風景)

拘置所は全国に8カ所あり、それ以外に刑務所などの敷地内に設置された拘置支所が約90カ所ある。矯正施設(刑事施設)の3層構造の医療システム(参照)の中で、医療スタッフ・医療機器を重点的に配備した「医療重点施設」に位置づけられている拘置所は東京拘置所のみ。残りの7カ所の拘置所は「一般施設」に位置づけられている。

公正な裁判を維持し、受刑先施設につなげる

一般施設の拘置所の矯正医官として約6年のキャリアを持つA医師は、着任前、拘置所の医療に対し「学校の保健室」のようなイメージを抱き、親の介護と両立させながら「医療のお手伝いができれば」程度に考えていた。実際に働き始めて、拘置所には想像以上に重要な役割があり、収容されている未決拘禁者の多くが何らかの疾患を抱えていることを知った。

「捜査と検察庁への送致を行う警察、反省と償いの場所である刑務所、その中間に拘置所があることは皆さんご存知かと思いますが、『拘置所は何をやっているのかよく分からない』という方が多いのではないでしょうか。私も最初はそうでした。働くうちに、拘置所には公正な裁判のサポートに努める役割があることを知りました。裁判の結果、刑事被告人が実刑となった場合、個々の特性等に応じた適切な矯正処遇が行われる刑事施設に移送されることになります。公正な裁判を維持し受刑先施設につなげる流れの中で、拘置所は要となるところを担っているのです」(A医師)

精神疾患が多い傾向、「自尊心」をケア

拘置所には、住所不定、証拠隠滅や逃亡のおそれがある刑事被告人などが収容される。公正な裁判を維持するには、何よりも被収容者の命を保護し、健康状態を維持することが求められるが、拘置所は保釈もあるため、収容期間が読めず診療計画が立てにくいという特徴がある。入所時健診(スクリーニング)で問診、検尿、胸部X線検査などは行うものの、抱えている疾患を正直に言わないケース、経済的理由で必要な医療を受けてこなかったケースも多く、健康状態に関する事前情報が少ない中で、多様な疾患に対応しなければならないという難しさもある。

「被収容者の疾患で目立つのは不眠、不安、うつ病などの精神疾患です。裁判の不安によると思われるメンタルの不調、覚醒剤後遺症も含め何らかの精神疾患を抱えている者が多い傾向にあります」(A医師)

矯正施設での診療は通常、刑務官が患者を連れてきて診察室で診察するが、A医師が勤務する拘置所では、医療スタッフとともに居室棟に赴き、受診希望者全員に対し診察を実施する回診方式を採っている。診療活動でA医師が心がけているのは「自尊心のケア」だ。

「罪を犯した人は、事件を起こしてからここに来るまでの間にいろいろなものを失う。人間関係も財産も失って、残っているものは命と自尊心ぐらいしかないと言う人もいる。その自尊心をケアすることで、本人も社会への不信感を払拭し裁判に向き合えるようになるかもしれないし、私たちも仕事がしやすくなります。心を開いてくれなければ医療にならないので、回診ではできる限りしゃがみ込んで診察し、目線を合わせるようにします。医療には、病気を治すだけでなく、人の心、魂を救うという視点も欠かせないと思うんです」

抱え込みすぎないことも大事

A医師のもともとの専門は呼吸器外科。医療スタッフには他に3人の常勤医がいるが、それぞれ総合診療医的能力を高めて多様な疾患に対応している。施設内では標準治療を提供できないと判断したときは、近隣医療機関に協力を依頼する。A医師は「我々矯正医官は抱え込みすぎないことも大事」と語る。

「矯正医官としてできる限り責任を持って診る。しかし、手に負えないのに抱え込んでいたら、被収容者の健康上の不利益になる。その見極めも医師の大事な仕事です。矯正医療は国費で賄われるため、外部医療機関に依頼してがんの標準治療を提供するとなると『犯罪者にそこまでするのか』という感情が湧く方もいると思いますが、現場の医師としては、あくまでも法律に基づいて自らの行動原理を決めなければいけないと考えています」

A医師にとって拘置所での矯正医療は、培ってきた専門医のスキルを発揮する場としては物足りないところもあった。しかし、これは「誰かがやらなくてはいけない仕事」。今は法治社会のシステムの維持に貢献できることに大きなやりがいを感じているという。

「スペシャリストを目指す医師は多いけれど、それだけが医師の仕事ではありません。自分の持つスキルと知識、人生経験を総動員して、法治社会を支えることも医師の重要な仕事です。それを自分自身のモチベーションにしている、と今は誰に聞かれても胸を張って言えます。世の中をより良くする仕事に意義とロマンを見いだせる先生方には、ぜひ一度、矯正医療を経験していただきたいと思います」

【関連情報】
矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)

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