刑務所・少年院をはじめとする全国の矯正施設は、施設間で機能を補い合う独自の医療システムを構築し、できる限り受刑者の健康管理・医療(矯正医療)を内部で完結させることを目指している。しかし、医療資源は限られているため、やむを得ない措置として、受刑者の通院・入院の受入れを近隣の外部医療機関に依頼する場合がある。シリーズ「矯正医療を支える近隣医療機関」の後編は、社会的使命を果たすため矯正医療に協力する豊田厚生病院の事例を紹介する。(前編は日本医事新報11月1日号に掲載)

豊田厚生病院病院長 服部直樹医師
外来で普通に診て、必要なら入院
病床数606床を有し、地域の基幹病院として救命救急から地域医療支援まで幅広い機能を担うJA愛知厚生連豊田厚生病院(愛知県豊田市)。
現在の名称に変わる前の加茂病院時代から矯正医療に協力してきた実績があり、現病院長の服部直樹さんが部長として着任した2009年には、専門的な治療を必要とする刑務所・少年院の被収容者を円滑に受け入れる体制がすでに構築されていたという。
「私が豊田厚生病院に来た時には、刑務所・少年院に入所中の患者を外来で普通に診て、入院が必要と判断したら入院させるという体制がつくられていました。病院長になってからは、矯正施設から毎月何人外来に来て、何人入院したかを記録していますが、最近も月平均延べ10人程度の被収容者が外来を受診しています。もちろん、すべての診療科が対応しています」
刑務所・少年院などに収容中の患者が外部の病院を受診する場合は、まず矯正施設側が病院の担当者に連絡し、受入れを依頼。病院側が指定する時間に来院し、服装に気をつけるなど人目につかないように配慮しながら複数名の刑務官が患者を誘導。一般の患者の診察がすべて終わった後など迷惑がかからないタイミングで受診させる、という流れになる。
医療費は原則、診療報酬の算定基準ベースで算出され、矯正施設側が後日支払う。

同意書の取り扱いなど職員に周知
豊田厚生病院では、病院スタッフ用にマニュアルを作成しており、診察時の留意点として「同意書等は患者本人ではなく付き添いの職員(刑務官)に渡す」「名札を外し、マスクを着用」などの対応を周知している。
「同意書や名札で名前を覚えられたくないと考えるスタッフもいますので、そういう対応にしていますが、基本的には一般の患者に接するのと同じ感覚で診療をしていると思います。医師は診療に集中しますので、受刑者だからといって特別扱いするようなことはない。接する機会の多い看護職員も全く抵抗を感じている雰囲気はないですね。矯正施設側が迷惑がかからないように配慮してくれているので、一般の患者さんもほとんど気づいていないと思います」(服部さん)
服部さんは、矯正医療のシステムの中で医療専門施設の1つに位置づけられている岡崎医療刑務所(愛知県岡崎市)に矯正医官として勤務した経験を持つ。矯正施設の内部の事情にも詳しく、矯正医療の責任の所在は矯正施設側にあることを理解しているからこそ、病院スタッフの対応に慌てることもあったという。
「病院内で受刑者をめぐるトラブルはほとんど起きていませんが、以前、受刑者に対し緊急の処置をした後、状態がかなり悪いということで主治医が家族への病状説明が必要と判断し連絡しようとしたケースがありました。家族が病院に来て許可なく受刑者と面会するようなことになれば大きな問題になりますので、その時は『それは待ちなさい』と指示しました。受刑者との面会に関する判断は当然、矯正施設側がしなければなりません。現場の医師は良かれと思って説明したい一心になりますが、受刑者が置かれている状況に対する最低限の知識は持っておく必要があると思います」

病院機能評価で社会貢献の評価を
刑務所・少年院などで働く矯正医官ら医療スタッフが安心して医療に従事するためにも、協力を惜しまず、緊急時にサポートしてくれる外部医療機関は欠かせない。全国各地の矯正施設は近隣の医療機関との連携体制確保に常時努めているが、調整がなかなかうまく進まない地域もあるのが実情だ。
服部さんは「地域の基幹病院などの大きな病院は、できる限り矯正医療に協力してほしい」と語る。
「急性期に対応できる基幹病院なら、どんな人であれ緊急性のある患者が運ばれてくれば治療する責務があると思いますので、日本中どこであっても、矯正施設の近隣にある基幹病院は協力するのが当たり前という状況になってほしいですね。医療スタッフの中には受刑者だと聞くと怖がる人もいるかもしれませんが、実際に診療に入れば怖いという気持ちもなくなり、治療に専念するようになります。最初の体制づくりでは苦労するかもしれないので、矯正施設側はなるべく負担をかけないように病院と協議を重ね、丁寧な対応に努めてほしいと思います」
社会的使命を果たすため、矯正医療に積極的に協力してきた豊田厚生病院。服部さんはそうした社会貢献が病院機能評価でも高く評価されることを願う。
「矯正施設と近隣病院の協力体制の構築がより円滑になると思いますので、矯正医療に積極的に協力する病院が病院機能評価で高く評価されるようになってほしいですね。また、矯正医療に対する医師の理解を深めるためにも、臨床研修に刑務所等で矯正医療を経験する枠をぜひ設けてほしいと思っています」
【関連情報】
矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)
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