刑務所・少年院などの矯正施設の医療(矯正医療)は、外部との回路を遮断した閉ざされた世界と思われがちだが、実は、いざという時にサポートする近隣の外部医療機関との連携体制を構築しており、それがあるからこそ、各施設の矯正医官ら医療スタッフはワークライフバランスを維持しながら安心して働くことができる。本シリーズでは、連携の実務に携わる医師の話を通じて、近隣医療機関と良好な関係を構築することで矯正医療の現場がどう変わってきたかを浮き彫りにする。

西日本成人矯正医療センター医療部長 堀内俊治医師
「自慢したいぐらい雰囲気が変わりました」
病棟・医療管理棟の全面改築工事を経て2024年4月に大阪医療刑務所から名称変更し、新たに誕生した西日本成人矯正医療センター(大阪府堺市)。病床数210床を有し、MRI、CTなどの医療機器、手術室、透析室など各種専用室も備える同センターは、近隣医療機関との連携体制構築にも力を入れている。
同センターの堀内俊治医療部長は、連携体制構築を推進する背景には、矯正医療の「最後の砦」としての役割を果たすという使命とともに、現場の医師(矯正医官)や看護師などの医療スタッフが不安なく働けるようにしたいという目的もあったと語る。
「内部の体制では対応困難な場面が発生した場合に対する不安が特に看護師の間にあり、それを解消しなければ、という思いがありました。市川昌孝センター長を中心に近隣医療機関への協力依頼を積極的に進め、多くの連携先を確保してからは、不安の声が一切なくなり、現場の雰囲気は自慢してもいいぐらいに変わりました。緊急時に依頼先を探す必要がなくなり、『こういう病態ならこの先生に相談する』というルートができたことで、医師の負担もかなり減ったと思います」
手術後のフォローなどで周辺病院が協力
連携先の医療機関はほとんどが同じ堺市内の病院。手術後に縫合不全などで夜間の再手術が必要になった場合の受け入れで協力関係を構築している。
大阪府内のある大学病院は2025年度から泌尿器科領域を支援。西日本センターの手術室に同病院の医師が赴いて手術・検査などを行っている。
NHO近畿中央呼吸センターは、呼吸器疾患で他の刑事施設から西日本センターに受け入れ打診があった際に、患者情報を基に専門医によるカンファレンスを実施、結果をフィードバックしている。さらに、初期研修を終えた専攻医が専門研修を受けながら矯正医療に従事できるよう、西日本センターの矯正医官に対し呼吸器内科の研修も実施している。
「矯正医官になると専門医資格を取得するための研修を受けづらくなるケースもありますが、西日本センターでは施設外勤務としてNHO近畿中央呼吸器センターで研修を受けることができます。現在2名の矯正医官が実際に研修を受けています」(堀内さん)
矯正施設のうち刑事施設の医療システムは3層(一般施設、医療重点施設、医療専門施設)、少年施設の医療システムは2層(一般施設、第三種少年院)に階層化され、互いの機能を補い合いながら、矯正施設の内部での医療の完結を目指している。
しかし、限られた資源の中で効率的な医療を行うには緊急時にサポートする外部医療機関の協力は欠かせず、各施設は常に連携先の確保・拡大に努めている。堀内さんが以前働いていた一般刑事施設では、協力依頼しても調整困難で体制構築が進まないケースもあったが、西日本センターと近隣医療機関の連携体制はスムーズに構築され、目立ったトラブルも起きていないという。
「センターに対して悪い印象を持たれている感じもなく、特にトラブルも発生していません。私どもも刑務官を3人以上付けるなど万全の警備体制を取り、必ず一般の診療がすべて終わった後に診てもらうなどのルールを守っています。お願いする立場ですので、謙虚な心持ちで礼儀を尽くすよう注意しています」


矯正医官の採用が課題「ぜひ一度見学を」
外部機関との連携は、入院相当の受刑者が出所日を迎える際にも重要となる。西日本センターでは、医師、看護師、社会福祉士などからなるユニットが、釈放後も治療が支障なく行われるよう外部の医療機関、福祉機関などとの調整に当たっている。
「刑務所内で病気になって入院している受刑者が一般社会にスムーズに戻れるよう出所に向けた調整を行っています。外部の機関の中には受け入れに難色を示すところもありますので、人と人とのつながりを大事にして連携先の確保に努めています」(堀内さん)

近隣医療機関のサポートにより西日本成人矯正医療センターは医療スタッフが安心して働ける環境となり、看護師は充足した状態が続いているものの、医師はまだ定員19名に対し5名欠員という状況(2025年10月現在)。目下、矯正医官の採用に取り組んでいる。
「外科(呼吸器、消化器)、泌尿器科、呼吸器内科などが足りていませんが、一般内科も含めチーム医療を大事にして一緒に働いてくれる先生であればどの診療科でもウエルカムです。実際に来て見てみないと分からない部分がありますので、興味が少しでもある方はぜひ一度見学することをおすすめします」(堀内さん)
【関連情報】
矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)
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