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一人前の医師になること[炉辺閑話]

No.4889 (2018年01月06日発行) P.69

池淵恵美 (帝京大学精神神経科学講座主任教授)

登録日: 2018-01-05

最終更新日: 2017-12-21

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今の医学生は大変である。膨大な知識を学習しなければならないし、実習の時間数も飛躍的に増えている。自分の学生時代には、よく授業をさぼっては喫茶店でのおしゃべりやデートに時間を使っていた。今思うとご高名な先生方の貴重な授業に対して、なんと勿体ないことをしたのかと本当に情けなくなるが、当時はそれが学生の特権だと思っていた。今の学生はそうした余裕がないように見えるし、実際、授業の聴講態度もまじめである。今の国試で求められる知識量は膨大なものなので、今の自分が受けても合格するかどうか覚束ない(このことを病棟で話していたら、准教授の先生に「教授、学生が聞いていたら困ります」と注意された)。実は医学部に入る前にも、高い偏差値の難関をくぐり抜けるための勉強を長い間してきているのだ。

そして、医師になっても、しばしば長時間労働を伴う研修が待っているし、医療安全、院内感染対策、カルテ監査、様々な書類の作成などの業務が目白押しである。昨今の患者は、うるさい方も多くて、態度がよくないなどとすぐに投書されたりする。

医学部時代に聞くと、「患者さんに寄り添って、よく話を聞く医師になりたい」といった素朴な願いを医学生は皆持っている。そして、患者の体験談に素直に感動する。そうした思いは、医師になってからでも心の中に持っているのに、状況がそうした素朴な思いだけで行動することを許さないのだ。知識と技能に優れた医師であり、よい癒し手であり、かつ現実的な問題も起こさない、ということが一人前の医師なのだとしたら、そうしたモデルはどこにあるだろうか。わが身を振り返って、考えこまざるをえない。現代は思春期以後が長くなって、成熟した社会人になる年齢が高くなっている成熟モラトリアムの時代と言われるけれども、まさに医師もそうである。

せめて暖かく、そして息長く、一人前の医師になることについて、あきらめないで努力することを応援したいと思う。

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