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自覚のない窃盗癖の診断基準

No.4691 (2014年03月22日発行) P.59

河本泰信 (国立病院機構久里浜医療センター精神科医長)

登録日: 2014-03-22

最終更新日: 2017-08-03

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【Q】

30〜50歳代女性の双極性障害(bipolar disorder)患者で同じようなパターンの窃盗を繰り返す患者を何人も認める。精神状態が明らかな躁・うつ病相ではないときに,スーパーなどでレジを通さず堂々と品物を持ち帰ろうとして捕まるというもので,本人は盗む気はなく「ぼーっとしていた」と言う。また,その事態を深刻に受け止めておらず,家族のほうが当惑しているというのも共通している。以下について。
(1)提示したような窃盗は,DSM–Ⅳ–TRによるクレプトマニア(kleptomania)の診断基準に当てはまらなかった。本例はいわゆる窃盗癖とは区別すべきものなのか。
(2)双極性障害の経過中,一見寛解状態であっても精神症状として窃盗を起こすような抑制欠如ないし意識変容のような病態が出うるのか。(埼玉県 U)

【A】

窃盗行為に伴う興奮や快感の自覚は,解離性障害の併存例あるいは進行例では困難である。したがって,行動評価(「不合理性」と「反復性」)のみが必須の診断基準となる。

診断基準の2層構造について

診断基準としてはDSM–Ⅳ–TR(Diagnos­tic and Statistical Manual of Mental Disorders–Ⅳ–‘Text Revision’)とICD–10(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems–10)があるが,これらはおおむね同じ内容であるため,DSM–Ⅳ–TRを使用することが多い(表1)。


本例の,繰り返す窃盗行為は基礎疾患である躁うつ症状からは説明不可能である。また心理的にも理解困難である。つまり窃盗行為の反復性と不合理性は明瞭である。よって診断基準のうちの客観的な行動評価であるA・D・Eを満たしている。
一方,「盗む気はない」や「ぼーっとしていた」という特徴は窃盗行為に伴う衝動や緊張感・快感などの主観的報酬効果の不明瞭化を示している。筆者自身も「以前のワクワク感や窃盗をしているという実感がなくなった」と語る窃盗癖者を診察することが多い。したがって,BとCを必須の診断基準に含めるか否かについての検討が必要となる。

「報酬」概念の導入と「耐性」概念の欠落

そもそも,この「報酬」概念は窃盗癖の病態仮説のひとつである「嗜癖モデル」に由来する。病態仮説としては,「嗜癖性障害」「感情障害」「強迫性障害」などが提唱されてきた。そして,「報酬希求性」や「慢性進行例と自然回復例の混在」などに着目した「嗜癖モデル」が疾患理解の上で最も有用性があると判断された1)2)。しかし,通常「嗜癖モデル」に付随する「耐性」概念が上記の診断基準では欠落している。つまり,進行に伴い緊張感や快感,さらに窃盗衝動が自覚されにくくなるという心理的耐性現象が上記の診断基準に反映されていない。
ほかの嗜癖性障害の進行例と同様に,窃盗癖においても衝動や心理的報酬と比例しない窃盗行為が継続する。この矛盾こそが窃盗癖の病理の中核と考える。さらに罪悪感が強い場合には心理的重圧からの防衛手段としての解離機制─主として離人症状─が病態として加わる3)。その結果,いっそう自覚の不明瞭化が強まる。
以上より,BおよびCは病態理解のための参考基準と理解すべきであり,診断のための必須基準はA・D・Eのみである。それゆえ,本例は窃盗癖と診断して差し支えないと考える。

「衝動性」を介した双極性障害と窃盗癖との関連性

双極性障害と窃盗癖は相互独立した病態と理解されているが,「衝動性」を共通概念とした調査研究があるので紹介する。
双極性障害群は健常コントロール群との比較によって衝動性スケール(BIS–11:Barratt Impul­siveness Scale)が非寛解期のみならず,発症前および寛解期においても有意に高い傾向を示した4)5)。また,双極性障害の3割弱に何らかの衝動制御障害が併存していた(主として皮膚搔爬および買い物であった)6)。そして,衝動性構成因子の中でも特に「報酬希求性の増強」が日常生活障害に最も強く関連していた7)
以上より「衝動性」は双極性障害にとって非寛解時にのみ出現する状態依存徴候(state marker)ではなく,一貫して存在する特性(trait marker)と理解できる。したがって,本例も双極性障害自体の病態と不可分である報酬希求性,すなわち嗜癖行動への親和性が窃盗行為の反復をもたらしたと理解できる。これは窃盗行為の閾値の低下という意味で一種の抑制欠如とも言いうる。そうであれば「深刻に受け止めていない」という浅薄な認知も了解できる。

双極性障害と窃盗癖の併存例に対する治療的工夫2)

過剰な罪悪感は,かえって窃盗行為を誘発・促進する。それゆえ,窃盗行為の不可避性を強調することで十分な医療的免罪を行う。この方法は解離機制発現の予防としても有効である。一方,司法的免罪は何らかの脳器質因がない限り困難である。それゆえ,司法的処遇については淡々と受け入れて頂かざるを得ない。
具体的治療法としては,行動療法を主に行うが,内観療法も有効である。薬物療法としては抗渇望効果を有するアカンプロサート(acamprosate),トピラマート(topiramate),アリピプラゾール(aripiprazole)などの使用を考慮する(ただし,すべて窃盗癖には保険適用外である)。なお,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は衝動賦活作用があるので原則使用しない。

【文献】

1) Koran LM, et al:Impulse Control Disonders. 1st ed. Cambridge University Press, 2010, p34-44.
2) 河本泰信:精神科治療. 2012;27(6):707-14.
3) Grant JE:Psychol Reports. 2004;94(1):77-82.
4) Swann AC, et al:Bipolar Disord. 2009;11 (3):280-8.
5) Strakowski SM, et al:Bipolar Disord. 2010;12(3):285-97.
6) Karakus G, et al:Compr Psychiatry. 2011; 52(4):378-85.
7) Victor SE, et al:Bipolar Disord. 2011;13 (3):303-9.
8) American Psychiatric Association:DSM-IV-TR精神疾患の診断・統計マニュアル新訂版. 医学書院, 2004, p635-6.

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