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(5)睡眠障害治療薬【第1章 向精神薬の今】[特集:向精神薬 総まとめ]

No.4709 (2014年07月26日発行) P.49

松井健太郎 (東京女子医科大学精神医学教室)

登録日: 2016-09-01

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  • 不眠症は非常に有病率の高いcommon diseaseである。

    不眠症治療薬は,現在もGABA受容体作動薬が中心である。

    一方で,異なる作用機序の薬剤もあり,症状ごとに合わせた薬剤選択が望ましい。

    1. 不眠症の現在

    不眠症では,寝つきたい時間帯に寝つけない(入眠困難),夜間の睡眠の維持が困難(中途覚醒,早朝覚醒),翌朝ぐっすりと眠った感じがない(熟眠障害)といった睡眠の問題が1カ月以上続き,日中の活動性の低下や著しい苦痛をきたす。不眠症はしばしば慢性化し1)2),生活の質(quality of life:QOL)の著しい低下3)やうつ病のリスク因子となる4)ことに加え,糖尿病や高血圧などの生活習慣病の発症,悪化リスクを増大させる5)。さらに生産性の低下および欠勤の増加,ヘルスケアサービス利用の増加6)7),交通事故のリスクを増大させる8)など,産業衛生学的にみても深刻な結果をまねく。わが国では諸外国と同様に,およそ5人に1人が不眠の訴えを持ち9)10),20人に1人が睡眠薬を使用している10)11)ことが,一般人口を対象とした疫学調査から明らかになっている。
    不眠症は夜間睡眠の質を低下させるだけでなく,日中の種々の精神的および身体的な機能障害をもたらす,非常に有病率の高いcommon diseaseであるがゆえに,その適切な対応が専門医のみならず実地医家にも求められていると言える。本稿では,主に不眠症治療薬の歴史や展望,作用機序について概説するとともに,その実践的な使用法や,処方にあたって注意すべき点についても言及する。

    2. 睡眠薬のトレンド

    1 睡眠薬「今昔」 ─ 誕生から現在まで

    最も古い睡眠薬として挙げられるのが,1832年Liebigにより創製されたchloral hydrateである。1903年にbarbitalが,その後12年にphenobarbitalが合成され,以降1950~60年代まではバルビツール系および非バルビツール系睡眠薬が中心であった。しかし,耐性・依存性が形成されやすいほか,安全域が狭く大量服薬時に呼吸抑制が生じ致死的となることがあるなど問題点も多く,60年代後半にベンゾジアゼピン(BZ)系睡眠薬が上市されて以降は徐々に処方頻度が減少していった。80年代末には,抗不安作用,筋弛緩作用が少ない12)非BZ系睡眠薬が開発された。BZ系および非BZ系睡眠薬は耐性・依存性,安全域などに関して,バルビツール系および非バルビツール系睡眠薬と比較して格段に優れており,現在まで不眠症治療薬の主流となっている。図1 13)にわが国で上市された主な睡眠薬をタイムラインで示した。

    2 なぜ効くのか?─ 作用機序概説

    現在繁用されているBZ系および非BZ系睡眠薬は,中枢神経における抑制性神経伝達物質GABA(γ-aminobutyric acid:γ-アミノ酪酸)系の作用を増強し,細胞の興奮性を低下させる。GABA受容体には,GABAA受容体,GABAB受容体,GABAC受容体の3種類が同定されており14)15),BZ系および非BZ系睡眠薬はGABAA受容体Clチャネル複合体のBZ受容体に作動薬として作用し,Clチャネルの開口頻度を増加させ,Clの神経細胞内の流入を促すことにより,抗不安,抗痙攣,筋弛緩,催眠などの作用を発揮する16)17)。BZ受容体にはω1とω2のサブタイプがあり(いずれもGABAA受容体に存在),催眠作用はω1受容体が関連し,抗不安作用や筋弛緩作用はω2受容体が関連するとされている。非BZ系睡眠薬はBZ系睡眠薬と異なりω1受容体に選択的に作用するため,鎮静・催眠作用を持つ一方で,抗不安作用,筋弛緩作用をきたしにくい12)
    なお,現在ほとんど使われなくなったバルビツール酸系睡眠薬は,低用量ではGABA受容体に作用し,BZ系と類似した作用を示すが,高用量になるとGABA系を介さずに,直接Clチャネルに作用してその開口時間を延長するため,安全性に問題がある18)

    3 新薬開発 ─ 今後の展望

    (1)メラトニン受容体作動薬

    2010年に上市されたラメルテオンは,わが国で開発されたメラトニン受容体作動薬である。催眠作用をもたらすメラトニン1受容体と,概日リズムの位相変動作用を有するメラトニン2受容体のみに選択的に作用し,自然に近い睡眠を誘導する19)。BZ受容体作動薬と作用機序を異とするため,離脱症状,反跳性不眠,依存形成,筋弛緩作用,健忘作用などをまったく持たないのが特徴である。欧州ではすでに上市されているagomelatineは,メラトニン1・2受容体に対する強い親和性に加え,セロトニン2B・2C受容体の拮抗作用も併せ持ち,不眠症状の改善に加え,その抗うつ効果が示されている20)21)。これらのメラトニン受容体作動薬は,特に概日リズム睡眠障害に関連する不眠症状への効果が期待されている。

    (2)セロトニン2A・2C受容体拮抗薬

    セロトニン2A・2C受容体遮断作用を持つ各種薬剤は,健常人への就寝前投与で深睡眠(脳波上で確認される徐波睡眠)を増やすことが明らかにされており22),セロトニン2A受容体選択的拮抗薬や,セロトニン2A受容体逆作動薬(inverse agonist)などが,睡眠維持作用を持つ新薬として期待されている23)。なお,米国において不眠に使われた薬剤の処方件数に関するデータをみると,上位5位以内に抗うつ薬が3剤(トラゾドン, アミトリプチリン, ミルタザピン)入ってくる24)。これらの鎮静系抗うつ薬はヒスタミン1受容体遮断による催眠作用に加え,上記のセロトニン2A・2C受容体遮断作用を併せ持つため,わが国でもしばしば熟眠作用を期待して使用される。

    (3)オレキシン受容体拮抗薬

    オレキシンは睡眠・覚醒制御系に関与する神経ペプチドである。睡眠発作(不適切な状況で突然眠ってしまう)を主症状とするナルコレプシーがオレキシンの欠損により引き起こされることから,オレキシンは「覚醒の安定化・維持」に重要な働きを持つと考えられている25)。オレキシン受容体拮抗薬はオレキシン1・2受容体の両者を遮断し,覚醒維持系を抑制することで睡眠を誘発する26)。中でもsuvorexantは安全性,認容性に優れ,中断時の反跳性不眠の発現もない。入眠潜時(就床から実際に眠るまでの時間)の短縮や,中途覚醒時間を減少させるほか,レム睡眠およびノンレム睡眠の両者を用量依存性に増加させる27)28)ことを特徴とし,その点は主にノンレム睡眠を増やし,レム睡眠を抑制するBZ受容体作動薬とは対照的である。

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