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暴言のある高齢者への対応と鑑別

No.4723 (2014年11月01日発行) P.62

福田耕嗣 (国立長寿医療研究センター精神科行動・心理療法部)

服部英幸 (国立長寿医療研究センター精神科行動・心理療法部長/精神診療部長)

登録日: 2014-11-01

最終更新日: 2016-12-12

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【Q】

1人暮らしの女性,89歳。高血圧,過敏性腸症候群,不眠症の治療中。近所に住む娘の話によると,長男の嫁や他人に対する悪口やののしりがひどいため,様子を見に行くのがいやになるという。本人に言っても「他人の悪口なんか言ってない」と主張する。日常生活は問題なく,認知症ではないと思われるが,今後の対処はどうすればよいか。 (東京都 F)

【A】

質問の意を「高齢女性単身生活者の呈する暴言や攻撃性に対し,どのように対処したらよいか」と解釈し,回答する。本例は精神科疾患の既往はないと仮定する。「日常生活は問題なく,認知症ではない」という文言をそのまま受け止め,高齢になってから発症する精神神経系疾患を想定すると,本例は妄想性障害に罹患した可能性がある。
妄想性障害(文献1)とは,その名の通り妄想を主体とする精神疾患である。妄想以外の精神症状(たとえば気分障害や陰性症状)は目立たず,日常生活機能の障害は少ないという特徴がある。妄想を主体とする代表的な精神疾患として統合失調症が挙げられるが,その場合,妄想以外の精神症状を併発することが多い。また10歳代後半~30歳代前半までに発症し,高齢になると陰性症状(感情鈍麻や無為・自閉など)が目立つようになり,大抵の場合,日常生活に支障が出てくる。妄想が1カ月以上続く場合に,妄想性障害と診断する。一過性の場合,高齢者であればせん妄を疑う必要がある。
本例が悪口を言うのは,周囲の人たちに対し被害関係妄想を抱いているからであると推測される。たとえば「毎日近所の人から監視されている(注察妄想)」「嫁が食事に毒を入れている(被毒妄想)」などである。単身で生活する女性に様々な不安があっても不思議ではなく,不安感が猜疑心を呼び,妄想に発展してしまうのかもしれない。
治療は抗精神病薬を用いるのが一般的である。高齢者であるため,たとえばリスペリドン0.5mgもしくはクエチアピン25mgなど,少量の抗精神病薬を1日1回夕食後に投与し経過をみる。非薬理学的介入として,独居の解消などで不安や孤独を和らげる方法も挙げられるが,住み慣れた家から離れて頂くのは難しいことがほとんどである。
ところで,長い間単身生活を続けている女性の場合,認知機能が低下していても道具的日常生活動作能力が落ちないことがある。「日常生活は問題なく,認知症ではない」というのは妥当な判断であるが,精査してみると患者は認知症の初期段階にあることもめずらしくない。認知機能障害から被害的な思いにとらわれ,それが妄想に発展することがある。認知症に伴う妄想への治療としても抗精神病薬は用いられ,一定の治療効果が得られるが,一方で死亡率が上がるなどの重篤な副作用報告もある(文献2~3)。治療的介入を始める前に,認知症検査を受けるのもよいであろう。「最近,薬の飲み間違えが目立つ」「受診日を間違える回数が増えた」「今まで興味のあったことを急に止めてしまった」などといった日常のエピソードも認知症を疑う手がかりになる。
妄想を呈する精神疾患の鑑別を簡単なフローチャート(図1)にしてみた。参考にして頂きたい。

【文献】


1) American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed. American Psychiatric Association, 2013, p90-3.
2) Maher AR, et al:JAMA. 2011;306(12):1359-69.
3) Schneider LS,et al:JAMA. 2005;294(15):1934-43.

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