いよいよパリオリンピックが始まります(この原稿が皆様の眼に触れるときは始まっていることと思います)。バスケットボールやバレーボールなどの球技での頑張りもあり、パリ大会の日本選手団は過去最大規模になるとのことです。アスリートたちの闘う姿は国民に元気や活力をもたらしてくれますが、ここに至るまでの彼らの血のにじむような努力やけがなどとの闘いも美談として伝えられます。
高強度のトレーニングや競技会への参加はアスリートにとっても高い心身へのストレスとなります。疲労と高いストレスはアスリート特有のオーバートレーニング症候群の原因となりますが、このテーマは後日にして、今回は選りすぐりのアスリートであるオリンピアンたちが一般人に比べて長寿であるか、というテーマで話題提供したいと思います。
国内では1964年の東京オリンピック参加選手の調査が4年ごとに継続され、日本スポーツ協会の研究報告書に結果が掲載されています。この時代のオリンピアンたちは60年を経て人生のゴールに近づく年代となり、今回のテーマのような調査が行われた結果が既に報告されています1)。対照群となる日本人集団と比較して標準化死亡比(SMR)は0.64と算出され、有意に低値という結果で、オリンピアンは長寿であるという結論が得られています。ただ、当時は女性アスリートが少なく、調査対象となった342名中59名であり、女性に関しては詳細な分析ができなかったようです。
一方、この報告より先に1952〜2016年までのオリンピアンの追跡調査の結果が報告2)されており、やはりSMRは0.29と低値でしたが、複数回の参加者では1回のみの参加者より、高強度の競技の選手は低強度の競技の選手より死亡率が有意に高かったことが記されています。
同様の研究は海外でも行われ、フランスの2403名のオリンピアンについて調査した研究3)ではSMRは男女とも0.5前後であり、対照群より循環器疾患やがんのリスクが有意に低かったことが報告されています。同じ著者たちはアメリカの8124名のオリンピアンを対象にした調査4)で対照群より5.1年長寿であり、やはり循環器疾患やがんのリスクが低いことも述べられています。
これら3カ国のオリンピアンたちの長寿の原因として、生涯を通じて運動を行い、喫煙が少なく、栄養に気を遣うという健康的な生活習慣を送っていることが挙げられています。
一方、ドイツのオリンピアンの報告5)ではそのような結果が示せなかったと記され、国によってアスリートの生きる環境が異なることが影響していると推測されます。
このような調査結果が明らかにされている国は少数であり、欧米以外の地域や国情の異なる国のオリンピアンたちが引退後どのような人生を送っているかは不明です。日本ではオリンピアンはある種の健康優良児のようなイメージでとらえられ、その期待に応える結果となっていますが、遺伝要因と運動を含む生活習慣のような後天要因が重なって長寿となっていると考えられます。
【文献】
1) Takeuchi T, et al:BMJ Open Sports Exerc Med. 2021;e000896
2) Takeuchi T, et al:BMJ Open Sports Exerc Med. 2019;e000653
3) Antero J, et al:Am J Sports Med. 2015;43(6):1505-12.
4) Antero J, et al:Br J Sports Med. 2021;55:206-12.
5) Thieme L, et al:Front Sports Act Living. 2020;2:588204.
鳥居 俊(早稲田大学スポーツ科学学術院教授)[標準化死亡比][東京オリンピック]