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【識者の眼】「権威が揺らぐ時代の医療のあり方」小倉和也

No.5211 (2024年03月09日発行) P.60

小倉和也 (NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク共同代表、医療法人はちのへファミリークリニック理事長)

登録日: 2024-02-15

最終更新日: 2024-02-15

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南アフリカが起こした、イスラエルによるガザ地区でのジェノサイドの疑いに関する訴訟に対する国際司法裁判所の最初の判断が先頃示された1)。日本ではさほど話題になっていないが、この裁判はイスラエルとその連携国、特に米国や英国だけでなく、私たち全員にとっても重要なものだ。

問われているのは、この小さな地域での正義の適用にとどまらない。グローバルサウスは強力で裕福な西欧が押しつけるルールに従順である必要性をもはや受け入れない。そんな新しい世界において、そもそも「正義」とは何かということが問われている。西欧の権威は疑問視されており、この点に関して、また裁判の進行過程において、今回の判断は始まりにすぎない。世界は「正義」がどのような要素から成り立つかを再考するときを迎えていると言える。

ときを同じくして、学問的「真理」を保証する権威も疑問視されている。イスラエルの問題に関連した公聴会での発言に端を発し、ハーバード大学学長クリスティーン・ゲイ氏が盗作の告発などにより先月辞任に追い込まれた2)。AIを利用した執筆や不正行為の検出がますます普及する中で、私たちは何を「盗作」と呼び、何を「切り貼り」と呼ぶべきかについての議論も進展している。いずれにしても、伝統的な「知識」を生み出す権威体制が脅かされていることは間違いない。これは、1つの観点から見れば、学術界におけるEDI(Equality, Diversity and Inclusion:平等、多様性、包摂)の推進への長い攻撃の副産物とも言える。

ミシェル・フーコーが指摘したように、「正義」と「真理」は社会の力関係に影響を受ける。この激動する世界において、それらは必然的に再考と再構築の過程に置かれている。

医学の知識も例外ではない。過去においては、医師たちが診断、治療、疾病の定義を完全に支配し、患者は従順な「症例」として分析される存在であった。しかし、Long COVIDの定義と治療法を見つける過程では、患者はインターネットの助けを借りて、より主観的に参加することもできるようになった。科学の対象である疾病や身体だけでなく、病気の経験により価値を置くプロジェクトも進行している3)

変化する世界の中で、医学における診断、治療、意思決定のあり方や意味も、まったく同じではいられない。これらの概念を私たち一人ひとりがその創造に携わっている新しい世界のコンテクストの中でどのように位置づけるべきか。医療職、患者双方、すなわち社会全体が検討していかなければならない。

【文献】

1)New York Times公式サイト:OPINION.(2024年1月28日)
https://www.nytimes.com/2024/01/28/opinion/israel-genocide-south-africa.html

2)New York Times公式サイト:BOOKS.(2024年1月3日)
https://www.nytimes.com/2024/01/03/books/review/claudine-gay-harvard-resignation-letter.html

3)The New Yorker公式サイト:ANNALS OF INQUIERY.(2024年1月23日)
https://www.newyorker.com/news/annals-of-inquiry/what-would-it-mean-for-scientists-to-listen-to-patients

小倉和也(NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク共同代表、医療法人はちのへファミリークリニック理事長)[グローバルサウス][EDI][Long COVID]

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