茨城県のリンゴ園で先月起こった食中毒のケースは、食品を通じた腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の理解を深める機会になりました。この事例は試食用リンゴの摂取後、3〜80歳までの12人が腹痛や下痢を訴え、その原因としてO-157が検出されたケースです。通常、O-157と言えば生肉などの動物性食品からの感染が多く、特に牛肉の加熱不足が主な感染源とされています。しかし、この事例はリンゴなどの野菜・果物からも感染する可能性があることを示唆しています。
大腸菌は自然界に広く分布し、人や動物の腸内に生息しています。その中でも、病原性を持つ種類は病原性大腸菌に分類されますが、今回原因となったのは、その中のEHECです。EHECは100種類以上の大腸菌の中の一群で、下痢や血便を引き起こすことで知られています。このうち、O-157は最もよく知られた株の1つです。
EHECの感染経路は主に食品を通じてであり、家畜、特に牛が感染源となることが多いです。感染すると、通常3〜5日の潜伏期間を経て、腹痛や頻回の下痢で発症し、中には血便を伴うこともあります。さらに、一部の患者では溶血性尿毒症症候群(HUS)という重篤な合併症を引き起こすことがあります。HUSは貧血、血小板減少、急性腎不全の3つの重い症状が特徴的です。特に免疫能が未熟な乳幼児や高齢者に発症しやすく、小児の死亡率は3〜4%に達し、生存者の20〜40%が腎臓に後遺症を残します。
日本では、年間3000〜4000人のEHEC感染が報告されています。過去の事例を見ると、感染源は多岐にわたります。実はEHEC感染症の多くは原因不明です。原因がわかっているケースでは、たとえば、ハンバーガーチェーンの肉、学校給食、ポテトサラダ、野菜の浅漬け、非加熱牛肉、冷やしきゅうり、きゅうりのゆかり和えなどが報告されています。肉以外の野菜関連の感染例があるのは意外に思われるかもしれません。肉類や加工品が最多の原因となっているものの、野菜や果物が原因となるケースも少なくないのです。
これら野菜や果物を介したEHEC感染の背景には、家畜や野生動物の糞尿、たい肥、河川の汚染、下水や灌漑用水、農業技術者を介することで野菜が汚染される可能性が示唆されます。加熱することでEHECは容易に死滅し、たとえばO-157などのEHECは75度で1分以上の加熱によって殺菌されます。一方で、未加熱の野菜はO-157などに汚染されている可能性が否定できません。今回の原因はリンゴを切った業務用カッターが汚染されていたのではという報道もありますが、現時点ではあくまでも推測です。いずれにせよ、野菜や果物を食べる前に洗うことは感染予防の重要なステップと言えます。
食中毒の予防には、菌をつけない、菌を増やさない、菌をやっつける─の3原則が大切です。これには、手洗いや調理器具の清潔管理、食材の適切な保管、十分な加熱処理が含まれます。
EHEC感染症を理解し適切な予防策を立てることは、リンゴ園での事例のような食中毒事故を防ぐ上でも大切なことと言えます。
坂本昌彦(佐久総合病院・佐久医療センター小児科医長)[EHEC感染症]