研究者が専門分野において、重大かつ深刻な間違いに気づいたときには、それを指摘することは重要であるが、学会にその機能はないと前回の本欄(No.5196)で述べた。では個人の対応として何ができるか、筆者は11月に2つの事例について論説を発表したので紹介する。
1つは東海公衆衛生学会誌での論説1)で、小島勢二名古屋大学名誉教授の著作『検証・コロナワクチン』にある超過死亡2)についての主張の誤りを指摘した。超過死亡は、「例年に比べてどのくらい余分に死亡が観察されたか」という概念を表しているが、「例年」の定義や「余分」が数なのか年齢を考慮した率なのかが統一されておらず、議論がかみ合わない。年齢の影響を排除して行う超過死亡の議論であれば、指標としては「平均寿命」を使うべきで、「例年」の考え方に合わせて、直接比較すればよいものだ。小島名誉教授の著作内で「戦後最大の超過死亡が観察された」とした2021年は、2019年以前のどの年よりも長い平均寿命を示し、著作の主張と明らかに矛盾する。この趣旨に賛同して論説を執筆して頂いた4人の疫学を専門とする教授に感謝したい。
もう1つは「臨床評価」誌での論説3)で、HPVワクチンと接種後症状の関連について述べた。直接的には同誌掲載の椿統計数理研究所所長の論説4)に対する反論であるが、「八重・椿論文5)で示された高いオッズ比がワクチンの副反応でなく、不適切なオリジナル変数Study Periodを使用し、結果を不適切に提示したことによる」と結論づけた。
椿所長の方法論上の誤謬はこれまで筆者が繰り返してきた通り明らかだが、椿所長の反論は新たに解析を重ねるだけで、問題の根本「変数Study Periodの妥当性」については何も述べていない。
椿論説で検証なしに新たに加えられた解析にStudy Periodと年齢の同時調整が挙げられる。非接種者のStudy Periodと年齢とはStudy Period=年齢−12の線形関係にあり、同時調整は本来不可能なので、方法論上の疑義が生じる。そもそも、同時調整の考え方が正しいとすれば、八重・椿論文で行われた名古屋スタディ6)の年齢調整批判は意味をなさないし、八重・椿論文の結果は同時調整を行っていないので正しくないということになる。この2点については、統計学の知識がなくともわかることである。
個人がこのような指摘をした場合、指摘を起点として学会内の議論に発展することはある。問題は、その議論を正しく判定して学会としての声明につなげることの難しさにある。最後に、「臨床評価」誌の論説3)の重要な一部を引用する。
「因果関係はなくともワクチン接種後の症状で苦しんでいる人は存在する。妥当性のない研究で偽りの因果関係を示唆しても、そこに真実はなく治療法にもつながらない。時間は有限でさかのぼれず貴重なものである。八重・椿論文は早急に妥当性の判断を下すべきで、意味のない議論に時間を費やすべきではないと強く思う」。
【文献】
1)鈴木貞夫, 他:東海公衆衛生.(早期公開, 2023年11月9日)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tpha/advpub/0/advpub_2023-11/_pdf/-char/ja
2)小島勢二:検証・コロナワクチン. 花伝社, 2023, p195-247.
3)鈴木貞夫:臨床評価. 2024;51(3):W13-29.(web先行公開, 2023年11月13日)
http://cont.o.oo7.jp/51_3/w13-w29.pdf
4 椿広計:臨床評価. 2023;50(4):485-505.
5)Yaju Y, et al: Jpn J Nurs Sci. 2019;16(4):433-49.
6)Suzuki S, et al:Papillomavirus Res. 2018;5:96-103.
鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[個人による誤りの指摘][超過死亡][Study Period]