株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

曖昧さと複雑性を主戦場とするジェネラリストの診断方略[直感で始める診断推論(9)]

No.5103 (2022年02月12日発行) P.26

生坂政臣 (千葉大学医学部附属病院総合診療科教授)

登録日: 2022-02-14

最終更新日: 2022-02-09

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⅰ 曖昧さを確率に変える

2回にわたって日本語の曖昧さ,すなわち病歴聴取の難しさを解説してきたが,実はジェネラリストが診療対象とする多くの患者が言葉以上に本質的な曖昧さを抱えている。加齢により心身が老い衰えた高齢者,依存症,慢性疼痛患者や,医療資源に乏しい地域での診療はジェネラリストに任されることが多い。このような曖昧さに適切に対処できない医師は,不安から過剰検査に走りやすく1),燃え尽きやすく2),それが故にこれらのハイリスク医療を回避する傾向があることが知られている3)〜5)。つまり曖昧さに耐え,その最中に生じている問題の解決能力こそがジェネラリストの専門性と言える。

曖昧さ(ambiguity):しばしば不確実性(uncertainty)と同義に用いられるが,不確実性には(エビデンスのある客観的リスク以外の)主観的リスクを包含する場合があるため6),主観的リスクすら計算できない状態を指すambiguityを採用した。

ひとは曖昧さを回避する本能を持っている。たとえば,ここに2つの壺があるとする(図1)。1つは黒玉と白玉が50個ずつ入った壺A。もう1つはその割合がわからない壺B。白玉を取り出すように命じられたとき,ひとは黒玉と白玉の混在比がわかっている壺Aを選ぶ傾向がある。数学的にはどちらの壺を選んでも白玉を引く確率は同じだが,ひとは本能的に曖昧なものを回避するのである7)

       

逆に言えば,曖昧さを不確実ではあっても確率に変えることにより,回避本能を低減しうる。とりあえず数値化することにより,混沌とした状況に薄日が射すのである。この発想で,当教室では開設時より患者をBio-Psycho-Socialモデルで診るだけでなく,症状に関与するそれぞれの割合を概算させるように意識づけている。単に「患者を丸ごと診る」のではなく,「患者をBio,Psycho,Socialに質的,量的に分解しながら丸ごと診る」のである。これにより,混沌とした曖昧さを主観ではあるが数式で表現できる不確実性に昇華することができる。その結果,複数の医療機関を転々とする,さじを投げられたような患者であっても怖れたり,忌み嫌ったりすることなく患者が抱える問題に向き合えるようになる。

病歴を少し追加したNo.5090:第7回の症例でBio-Psycho-Socialモデルを数値化してみよう。

症例 64歳男性:咽頭,四肢,亀頭部が“しんしん”する
8年前からの症状で,明け方に悪化し,日中の症状は軽微。何処に行っても精神病患者扱いされる。デパス服用中。自ら祈禱師にもすがったが改善なし。家庭内トラブルも加わって自殺念慮あり。症状とそれらの出現部位を自ら描いた絵を持参した。面接時のラポールは良好。

患者の一見風変わりな愁訴と描いた絵からは統合失調症が想起され,重度の不眠からはうつ病も考えられる。また家庭内に大きなトラブルを抱えており,それが症状を修飾している可能性もあった。あらゆる医療機関で精査を尽くされ,ドクターショッピングを繰り返す心気的な患者を前にしたとき,できれば診たくないという気持ちが湧くのではないだろうか。このような状況でも数値化を意識すれば前向きに取り組めるようになり,症状の首座や介入すべき場所の具体を考えられるようになる。

本症例に関しては,確かに訴えは奇異であるが,ラポールは良好であり,うつ病としても自ら祈禱を受ける積極性は非典型的なので,心因性の割合は3割,家庭内トラブルも日中の症状が軽微である点でせいぜい1割程度の関与と見積もる。そうすると6割は器質的疾患が原因となる。この方略により,器質的疾患が存在しているはずという確信が得られるのである。器質的疾患の存在を確信できさえすれば,あとは段階的な検査リソースの投入と治療的診断により,いつかは正診にたどり着く。

プレミアム会員向けコンテンツです(最新の記事のみ無料会員も閲覧可)
→ログインした状態で続きを読む

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

もっと見る

関連求人情報

関連物件情報

もっと見る

page top