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【識者の眼】「臨床診断は誰のもの」岩田健太郎

No.5086 (2021年10月16日発行) P.62

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2021-10-01

最終更新日: 2021-10-01

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先日、梅毒患者を診療した。患者の個人情報もあるので詳細は割愛するが、ペニシリン系の抗菌薬で治療を完遂した。保健所に報告もした。

ところが、保健所の方から連絡があり「RPRが十分に高くないので、この患者は梅毒とは認めない。報告は受理しない」とのことだった。

確かに、二期梅毒では典型的に8倍以上が真の梅毒とされることが多い。生物学的偽陽性を示しやすいRPRの問題だ。しかし、件の患者はTPHA法も陽性で、病歴を考慮すると梅毒と判断するほうが妥当だった。

事実、抗菌薬治療後、患者のRPRは減少していった。RPRが生物学的陽性ならばありえない現象だ。やはり、患者に梅毒はあったのだ。

まあ、そうはいっても僕らは保健所の却下そのものについては特に気にもしなかった。そもそも、「いわゆる」感染症法に基づく梅毒の報告は主治医にも患者にも何ももたらさないからだ。医療費や診療報酬上の利益もなければ、パートナーの探索を保健所が行うわけでもない(僕が行うのだ)。

感染症法には不備が多い。その不備の最たるものは、(特に4類、5類は)「報告させるが、対策がない」である。アウトカムに直結していないのであり、「報告のための報告」に過ぎない。

いやいや、報告すれば疫学調査としての意味がある、という反論があるが、これも間違いだ。利益がない報告義務だから、報告を怠る医師は跡を絶たない。むしろレセプトデータを吸い上げたほうが効率的だし、医も保健所も楽だし、何よりもデータはより正確だ。

データマネジメント後進国の日本では効率の悪い紙の書類、ハンコ、FAXで申告するのが偉いと思われている。「楽をするのは悪いこと」という古き悪しき昭和のエートスが医療界にも公衆衛生の世界にもはびこっている。コロナで保健所職員が苦しんでいるのは周知の事実だが、その理由の一つは保健所の古い構造にある。

気にはしない、と言ったが実は気になっている。僕は感染症のプロだから保健所が何を言おうが梅毒は梅毒、と治療する。しかし、非専門家ならそうはいかない。「梅毒とは認めません」と言われれば「そうですか」と治療しないままに放置するかもしれない。それが、後の合併症の遠因になったり、さらに梅毒の流行に繋がりかねない。

保健所では臨床診断学を学ばない(はずだ)。臨床診断を指南するのは間違っている。自分たちの職分を越えたことをすれば、患者や社会に迷惑がかかるのだ。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[保健所][感染症法][梅毒]

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