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【識者の眼】「21世紀は現場で始める病院前ECMO」今 明秀

No.5070 (2021年06月26日発行) P.59

今 明秀 (八戸市立市民病院院長)

登録日: 2021-05-28

最終更新日: 2021-05-28

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男性が郊外の工場で作業中、胸部不快感を自覚し、その数分後に卒倒した。同僚が目撃し救急要請、CPRを開始した。直近消防から救急車と、病院からドクターカーが同時出動した。5分遅れてECMO搭載の移動型緊急手術室ドクターカーV3が救急医3名、臨床工学技士2名を乗せて出動した。

同僚がAED除細動を2回施行したところに、救急車が到着した。救急隊接触時、心室細動(VF)だった。救急車内収容後にLUCAS®3による機械的CPRに切り替えて再度除細動を施行すると、頸動脈は触れない無脈性電気活動(PEA)へと変化してしまった。そこにドクターカーが到着した。救急車に救急医2名が素早く乗り込み現場を出発した。揺れる車内で救急医はエコー検査、気管挿管、静脈路確保、アドレナリンを投与しながら移動型緊急手術室ドクターカーV3との合流場所へ向かう。移動型緊急手術室ドクターカーV3が病院と現場の中間の合流場所に先着して手術室を展開し、患者を乗せた救急車の到着を待った。

術者が手術ガウンを着こんだ直後に救急車が到着し、心肺停止状態の患者は手術室へ入室した。3分後にストレッチャー上でECMOの導入手術が始まった。無菌状態の術野を作り、エコーガイド下に右大腿動静脈を穿刺し、手術時間15分でECMOを確立できた。工場でCPAが発生してからECMO確立まで42分であった。

患者は病院到着後に直接血管造影室へ搬入され、待機していた循環器科医師により、経皮的冠動脈形成術、大動脈内バルーンパンピングが施行された。第2病日ECMOから離脱、第18病日に自宅へ退院、発症29日目に就業を開始した。劇的救命だ。

千葉大学では半径10km以内の地域で、覚知から病院到着までの予想時間が概ね30分以内をECMO使用の心肺蘇生(ECPR)の適応基準としている。米国のARREST trial 2020は従来のCPRとECPRを比較した初のRCTで、生存退院、退院後の機能的予後ともにECPR群で良好だった。病院までの距離と時間がこの夢のような治療法の適応を狭めてきた。この問題を克服するために2011年パリでは病院前でECPRを行った。病院前でのECPRは、通常のCPRに伴う全身循環のlow flow timeを短縮し予後を改善させた。八戸でも同時期に研究を開始し、厚労省の許可を得て2016年より現場で実践している。最近はロンドン、ドイツ、チェコでも始めたと聞く。

20世紀の「高度医療は病院で待つ」から、21世紀の「現場で始める高度医療」へ。パリで始まった21世紀の医療の息吹を、ここ八戸で大いに感じる。

今 明秀(八戸市立市民病院院長)[劇的救命]

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