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【識者の眼】「宗教性を理解せず患者のQOLを尊重できるのか」田畑正久

No.5016 (2020年06月13日発行) P.68

田畑正久 (佐藤第二病院院長、龍谷大客員教授)

登録日: 2020-05-26

最終更新日: 2020-05-26

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昨年出版された『図説 医学の歴史』(坂井建雄著、医学書院)を、40数年の医療の仕事から引退を考える時期を迎えて読み、医学の歴史を大局的に俯瞰することができました。著者の主な関心事は「病気」か「病人」かという点に注目すると、病気が主対象で、病人のことはほとんど書かれてないと思いました。ところが最近、著者の対談記事(医学界新聞2020年2月17日)を読むと、「病気を診ずして病人を診よ」と強調し、「現代医学の発展にばかり目を奪われていると、患者さんに向き合い観察する基本が置き去りになってしまうでしょう。現代医学を見つめ直す上でも歴史に学ぶ意義があると再確認しました」と結んでいたのです。

この相違について思索した時に気付いたのが、WHOの健康の定義(※)の1要素であるスピリチュアル(spiritual)に関して、多くの医療者は無関心ないし過小評価であるということです。患者のQOLを尊重しようと多くの医療者は言うのですが、自分の理知分別の範囲でしか評価していません。医療者の多くが特定の宗教を信仰してないことが、その理由のようです(※WHOの健康の定義は1998年理事会の決定事項で総会ではまだ決定していません)。

QOLの評価もある基本調査票は、QOLの構成領域を「身体」「心理」「自立のレベル」「社会的関係」「生活環境」「精神性/宗教/信念(spirituality/religion/personal belief)」に設定して、各領域の回答を集計する評価法です。しかし、spirituality/religion/personal beliefの評価はほとんどされず、結局は宗教的なことは触れないまま据え置かれている現実(評価が難しいので触れない)があります。

患者に寄り添う医療を実践するためには医療者に人間を考える幅の広さ、深さが求められます。生命倫理学者の安藤泰至氏は「医療の実践者は、生命を巡る問題への批判意識の薄さや、各人の死生観の尊重という名のもとでの死生の問いの棚上げ、専門家のケアによって対処可能な問題以外のものが捨象されている」(「宗教研究」328号2011, 498-9)と指摘しています。これは日本の文化状況の課題でもあるでしょう。日本の西洋医学の黎明期にベルツ先生は、科学技術の成果のみを取ろうとしてその背後の哲学・宗教の文化を学ぼうとしないと苦言を呈しています。医療者が宗教性に無理解のまま、患者の命、人間の全体、人生の全体像を把握していると傲慢になっていないか、内省する謙虚さが求められます。相互理解の上で、宗教関係者と協力することが望まれます。それには多くの宗教者が医療者から尊重され、老病死の苦を超える道を伝える力量(教えと人格性)を備えなければならないという課題もあるのです。

田畑正久(佐藤第二病院院長、龍谷大客員教授)[医療と仏教]

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