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【識者の眼】「地域は福祉的とは限らない」中野智紀

No.5014 (2020年05月30日発行) P.57

中野智紀 (北葛北部医師会在宅医療連携拠点菜のはな室長、東埼玉総合病院)

登録日: 2020-05-14

最終更新日: 2020-05-14

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近年、社会関係と健康との関連に関心が高まってきている。以前、まちづくりに関心の高い若い世代の住民らとともに、自宅に引きこもりがちな高齢者に通いと交流の場をつくろうと茶話会を企画したことがある。住民らが新たに作るコミュニティに専門職チームが定期巡回する計画だった。街の中心から離れた農村地区であったため、参加者も移動手段に乏しく会場として候補に挙げられるのは地元自治会館くらいしかなかった。発起人の一人である住民が、自身も会員の地元自治の会長を訪ねて趣旨を説明し、その結果、有料ではあるが自治会館を時間貸しして頂けることになった。

茶話会の当日、参加者の一人が途中でトイレに行くと水が流れないことに気づいた。普段は問題なく使用できるため、不審に思って調べたところ水道の元栓が閉められていることに気づいた。普段も建物の外にある元栓をわざわざ閉めることはない。後日、自治会の古参会員が元栓を締めた事が明らかになった。主宰した住民らは大変気分を害していた。

「容疑者」は自治会館建設の際に費用を出資した世代の会員であり、会館に対する思い入れが特に強い。例え自治会長が許可したとしても「私たちが建てた会館」を自治会以外の目的で、会員以外が参加することに納得が行かず、ささやかな抵抗のために元栓を閉めてしまったという。

後日、主催者らが古参の会員らへ説明に行った。私は喧嘩にでもならないかと心配になったが、対話を通じて双方の想いを理解することができたようだった。それ以降、古参の会員らも茶話会に参加して下さることになった。この取り組みは現在まで既に5年以上継続できている。

地域は必ずしも福祉的な場所とは限らない。新しい取り組みや若い世代の企画を好意的に受け入れるとは限らない。特に農村地区には、かつての農村共同体文化が残っていることもある。その中で、若い世代が息苦しく感じたり、古参らを抵抗勢力とみなして対立関係を作ってしまっては本末転倒だ。しかし、地域が自然に福祉的な場に変わることは少ない。抵抗する彼らにも彼らなりの理由はあるものだ。どの地域にも複雑な歴史があり、多様な繋がりや対立構造も潜在する。前例の全てに従う必要はないが、対話を通じて互いを理解し、共に乗り越えていく過程は、地域を福祉的に変革する「まちづくり」そのものと考える。そのために、当事者だけに抱え込ませたりせずに、個人と社会関係の調整、すなわちソーシャルワークが必要になる。

中野智紀(北葛北部医師会在宅医療連携拠点菜のはな室長、東埼玉総合病院)[コミュニティドクターの地域ケア日誌③]

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