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【識者の眼】「ピロリ菌研究者の立場から考える新型コロナウイルス感染症─診断法の確立について」浅香正博

No.5011 (2020年05月09日発行) P.23

浅香正博 (北海道医療大学学長)

登録日: 2020-04-24

最終更新日: 2020-04-24

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日本政府は新型コロナウイルス感染症に対して緊急事態宣言を発したが、感染者数はその後も東京を中心に増加が続いている。新型コロナウイルスのような治療法のない未知の感染症と闘うのに何が重要かというと診断法の確立である。

ピロリ菌が発見されたのが1982年で、私がこの細菌と出会い研究を開始したのは1987年のことである。ピロリ菌が胃の病気と関連があるのかどうかについてはこの当時何もわかっていなかった。細菌が胃の病気を引き起こすなど誰もが考えもしなかった時代である。初めて米国の学会での発表を聞いた後も、私自身強い疑いの目で見ていた。当時の培養法はピロリ菌専用の培地がなく、キャンピロバクタ—の培地を使用して行っていた。培養に成功したピロリ菌を抗原として抗体アッセイをわが国で初めて開発した。早速、プールしてあった様々な疾患患者の血清のピロリ菌抗体を測定したところ、健常群と胃潰瘍、胃癌など胃疾患群との間に差が認められなかった。IgG抗体を測定しているからと思い、IgMのアッセイ法を作成して測定したが同様の結果しか得られなかった。ここで挫折しかかったが、貧血の研究のため市内の高校生の血清がプールしてあったのでそれを測定してみると、ピロリ菌抗体の陽性者がほとんどいなかった。それではと年代別に調べてみたのであるが、10代は20%の陽性率で年を経るごとに上昇していき、60歳以上は70%を越える陽性率を示した。健常人でこれほどピロリ菌感染者がいるとは考えていなかった。その後の検討で、ピロリ菌の抗体は中和抗体でないことが明らかになった。つまり、ピロリ菌抗体は現感染の指標であり、疾患が治癒した指標ではなかったのである。そのため、現在でもピロリ菌抗体は感染診断の最も重要な指標として用いられている。

新型コロナウイルス感染症の場合、IgG抗体は中和抗体と言われているが、いかんせん開発、研究の歴史が浅すぎる。抗体の意義についての検討が圧倒的に少ないのである。IgMは当初のもくろみと異なり、 新型コロナウイルス感染の指標になりそうもないことがわかってきた。ピロリ菌と同様である。今盛んに測定されているIgG抗体が表すものは、新型コロナウイルスの既感染であることに注意をしなければならない。20年ほど前、ピロリ菌の抗体測定法がキット化されその精度を検討したところ、キット間のばらつきが大きかったが、抗原となるピロリ菌を日本人の胃粘膜より得られたものに限定するようにすると良い成績が得られるようになった。抗体法の意義はPCR法とは全く異なるので、新型コロナウイルス感染症の臨床への導入は急いだ方が良いと思われるが、抗体キットの特性と精度の検定が何より重要であることを忘れてはいけない。

この小論は、古希を過ぎた老研究者からの新型コロナウイルス感染症研究者への提言であり、少しでも参考になれば幸いである。

浅香正博(北海道医療大学学長)[新型コロナウイルス感染症]

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