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【緊急寄稿】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する漢方の役割(渡辺賢治ほか)

No.5008 (2020年04月18日発行) P.44

渡辺賢治 (横浜薬科大学特別招聘教授)

金成俊 (横浜薬科大学教授)

柴山周乃 (第一薬科大学教授)

劉建平 (北京中医薬大学教授)

賈立群 (中日友好病院腫瘍内科主任)

金容奭 (慶熙大学教授)

顔宏融 (中国医薬大学中医学院副院長)

登録日: 2020-04-13

最終更新日: 2020-04-13

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1.    はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,中国・武漢でオーバーシュートした時点では,グローバルに感染拡大するとは誰も予想していなかった。わが国においては,武漢からの帰国者,ダイアモンド・プリンセス号における初期の感染フェーズから一気に広がることはなかったが,最近になって,オーバーシュートの危険性に警鐘が鳴らされている。

未知の感染症に対し,臨床現場では感染症,呼吸器の専門家が種々の薬を試しており,また,基礎研究者も発症機序解明と新薬・ワクチンの開発に専念されている中,漢方治療について言及するのはおこがましいと考えてきた。しかしながら,感染拡大が見えてきた中で,海外赴任中の人や,帰国者家族を有する人,基礎疾患を有する人から漢方治療について尋ねられる機会が多くなった。そして中国の伝統医学専門の政府機関である国家中医薬管理局の陸燁鑫氏の要請で,中国大使館の科学技術担当者である呉松第一書記,党志勝第二書記と面談し,日本における漢方の役割について議論した。

まずは各国の状況を把握する必要があり,2019年度の内閣官房調査研究「『アジア健康構想』実現に向けた東洋医学のエビデンス作成に向けた実証可能性等調査」の構成員等の中国・韓国・台湾における伝統医学の専門家から情報を得ることにした。そうしたところ,即座に各国におけるCOVID-19に対する伝統医療のガイドラインが送られてきた。特に中国は政府機関のガイドラインに伝統医療治療が組み込まれている。

本稿では,その内容を整理して述べるとともに,わが国において,漢方医学がCOVID-19対策としてどのようなことができるのかについて考察したい。

2.    2009年新型インフルエンザ流行時の漢方治療

2009年の新型インフルエンザ流行時には麻黄湯が奏効した。麻黄湯は麻黄・桂皮・甘草・杏仁から成り,2世紀に書かれたとされる『傷寒論』の処方である。若い人の感染が多く,潜伏期間が短く高熱を発し,まさに麻黄湯の証であったため奏効率が高かったと考えられる。我々は季節性インフルエンザに対する麻黄湯のシステムレビューを行い,ノイラミニダーゼ阻害剤に対して非劣勢であり1),経済効果も高いことを示している2)。新型インフルエンザ流行時には,麻黄湯で効果があると報道されると同時に,あっという間に市場から麻黄湯が消失した。麻黄湯はせいぜい2日,長くても3日飲めば奏効し,長期服薬は却って不利益が多いが,この時は1週間も2週間も処方する医師が多く存在し,論文化する際に,漢方の専門知識の普及を一つの課題として挙げざるを得なかった2)

3.    新興感染症に対する中国の対応

2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行時には中国政府主導の中医薬介入はなかった。フランクフルト大学からは甘草の成分であるグリチルリチンがSARS複製を抑制するという論文が出た3)。一方,2009年の新型インフルエンザの際の中国政府の動きは速かった。政府主導で連花清瘟カプセルをつくり,治療に当たった。構成生薬は連翹・金銀花・炙麻黄・炒苦杏仁・石膏・板藍根・錦馬貫衆・魚腥草・広藿香・大黄・紅景天・薄荷脳・甘草で,麻杏石甘湯と銀翹散を組み合わせた内容になっている。その使用経験は米国内科学会誌に掲載された4)。新興感染症に対し,積極的に中医診療を導入し,その結果を論文化する流れがここでできた。

COVID-19に対して,中国政府は国務院通知として,「新型冠状病毒肺炎診療方案」を発表している。3月3日に発表された最新の「試行第七版」でも中医治療の詳細なガイドラインが示されている5)。今回は新たな処方である「清肺排毒湯」を開発し,積極的に現場で使うよう政府が主導した。既に2月19日には国家中医薬管理局が,10省57病院で確認されたCOVID-19患者701例に対する「清肺排毒湯」の治療成績を発表している6)。それによると130例が治癒・退院し,51例は症状が消失,268例は改善,212例は悪化しなかった。結論として,COVID-19治療に優れた臨床効果を持つ,として開発の経緯が記載されている。学術的な評価は,いずれ英文学術誌に掲載されるであろう。

このように,中国においては,政府が主導して新興感染症に対する中医薬を作成し,それを使うことに,西洋医学の医師も患者も抵抗がない。それだけ信頼度が厚く,活用されているのである。

4.    中国新型冠状病毒肺炎診療方案第七案の中医治療ガイドライン

中医治療部分を抜粋したガイドライン(表1)を示す。小川によって詳述されているので,そちらも参考にしていただきたい7)

COVID-19に対する中医薬として今回作られたのは「清肺排毒湯」である。軽症から重症まで幅広く用いるように書かれている。処方内容は,麻黄9g,炙甘草6g,杏仁9g,生石膏15~30g,桂枝9g,沢瀉9g,猪苓9g,白朮9g,茯苓15g,柴胡16g,黄芩6g,姜半夏9g,生姜9g,紫苑9g,冬花9g,射干9g,細辛6g,山薬12g,枳実6g,陳皮6g,藿香9gであり,石膏を15gにしても196gある。日本漢方では中国に比し,使う生薬量が少ないことは貝原益軒の『養生訓』にも記載がある。構成生薬4種類の麻黄湯は15.5g,構成生薬10種類の十全大補湯は33gであることを考えると,清肺排毒湯をわが国に導入する場合には1/2ないし1/3量でもよいのかもしれない。

清肺排毒湯は傷寒論処方である,麻杏甘石湯,五苓散,小柴胡湯,射干麻黄湯,茯苓飲に藿香が配合されたような内容で,時期を問わずに幅広く用いる処方として開発された。

その上で,感染が確定していない時期には胃腸の不調がある場合と発熱を伴う倦怠感を覚える場合の2つに分けて経過を観察し,診断が確定した後は,清肺排毒湯を用いる。さらに軽症,中等症,重症,重篤,回復期に分けて証を鑑みて処方内容が決められるが,重症以上になると,中医注射剤が使われる。これに関してはわが国では使うことができない。

5.    韓国の伝統医療ガイドライン

韓国は旧正(旧正月)明け頃から急速に患者数が増えた。韓医学界もそれに呼応して,大韓韓医師協会が,韓医学診療勧告案を作成し,3月14日には第2版を公表している。12ある全国韓医科大学の呼吸器内科の協議会,予防韓医学会,韓方小児科学会諮問など,関連韓医学会の知恵を結集し,中国国家衛生委員会のコロナ対策ガイドラインを加味したものである。

作成原則として以下の記載がある。「活用目的として,すべての韓方医療機関で不特定多数の患者を対象に,COVID-19の管理と薬物中心の治療ができるようにした。また,確定患者が急速に増えている現在の状況では,複雑な診断や追加教育を最小化し,すぐに対処ができるようにした。韓方処方として,初期,中期では,症状に応じて3〜4個のタイプの鑑別が可能なようにし,比較的治療が難しい最重度の場合には,シンプルな治療方法を提示した。鑑別が難しい場合には,様々な症状が同時に見られる場合に使用できる治療法を提示した。処方構成は,中国の衛生委員会診療案を主に参考にし,報告された発現症状を分析してできた温病処方以外に,既存の医書の処方と中国診療案で提示した処方などを含んで総合的に構成し,全体の処方数は15個前後とした」

具体的な処方内容は表2に示す。中国政府が開発した清肺排毒湯は軽症・中等症・重症患者に適用できるとしている。その上で軽症初期を表熱証と湿証に分け,軽症中期を裏熱証と湿重症に分け,さらに中等症期,重症期,最重症期に分けてそれぞれの処方を列記している。伝統医学の表現で「湿証」など馴染みがない読者もおられると思うが,「軟便または下痢,気力低下,心下部の痞え,呼吸が弱い場合」と具体的な記載があり,症状から鑑別が可能になっている。

6.    台湾の伝統医療ガイドライン

台湾は,3月10日に台湾国家中医薬研究所・蘇奕彰所長の作成したガイドラインがある(表3)。中国,韓国のガイドラインに比し,予防の処方に関して具体的な薬方が記載されている。それによると,健康な人で地域感染がなければ,食事・運動など健康を維持する努力を続けるように書かれている。しかし,慢性疾患患者や免疫機能低下がある人,職場で不特定多数の人と接触しなければならない人は,疾病や個人の体質に合わせ体質調節の処方を作成する必要がある,とした上で,具体的な処方を挙げている。桂枝加黄蓍湯から芍薬を去り,荊芥・桑葉が加わった処方で,表を固める処方として例に出されている。

医療スタッフなどハイリスクの人向けの予防処方として,先ほどの処方に薄荷,板藍根,魚醒草を加えたものが推奨されている。台湾においては板藍根がよく用いられる。C型肝炎治療薬や風邪薬として幅広く用いられている生薬である。魚醒草はドクダミの全草で,わが国では十薬とも呼ぶ。清熱解毒の薬であり,台湾では多用される。薄荷も発汗を促す作用がある。

台湾のガイドラインの特徴はエキス剤と生薬末の組み合わせも示されていることである。台湾は生薬末を組み合わせて処方を作製する。煎じ薬ほど手間がかからず,急な対応が可能となる。そして,ウイルス潜伏期,発病期(ウイルス増殖期,サイトカインストーム期),回復期に分けてそれぞれの処方およびエキス剤を示している。西洋医学の医師でも理解できるように伝統医療の表現を少なめにして,予防の段階から記述してあるのも特徴である。

7.    漢方医学における感染症の考え方

感染症は人類史において大きな脅威であり,医療の発達の過程で感染症が大きな存在であったことは洋の東西を問わない。いまだに日本漢方が重視する古典の一つが『傷寒論』である。後漢末(2世紀終わり頃)に中国で疫病が大流行し,筆者,張仲景の親族の2/3が亡くなるという状況で,感染症の臨床症状の事細かい観察とそれに応じた漢方薬が記載されている。1918年のスペイン風邪流行の際にも,森道伯が胃腸型には香蘇散加茯苓・白朮・半夏,肺炎型には小青竜湯加杏仁・石膏,脳炎を引き起こした場合には升麻葛根湯に白芷・川芎・細辛を加減して卓効を示した,という記録を残している8)

漢方薬のウイルス感染症に対する効果は種々の漢方薬で種々の機序が知られている。詳述は避けるが,我々の知見を多少述べさせていただく。ウイルスの増殖を防ぐための重要なサイトカインに,インターフェロンαがある。このインターフェロン産生経路は複雑で,産生までに非常に長い時間を要する。体内でのウイルスの増殖速度とインターフェロンα産生速度によって,重症化するか治癒に向かうかが決定されるので,いかに生体防御機能が早く働くかが重要な鍵となる。我々の研究では,十全大補湯をあらかじめマウスに投与することで,インターフェロンαを産生するために重要なIRF-7の発現が上昇し,感染が起こった場合にすぐにインターフェロンαが産生できる,という準備状態をつくることを示した9)。同じく補剤に分類される補中益気湯も,複合生薬ゆえ,様々な作用機序を有する。十全大補湯同様にインターフェロンα産生の準備状態をつくるほか10),ウイルス粒子に結合して複合体を形成し,細胞への侵入を抑制すること11),細胞内ストレス応答の役割を持つオートファジーの誘導を促進して,インフルエンザ感染によるオートファジー機能不全を軽減すること12),およびインフルエンザ感染により破綻した解糖系-ミトコンドリア間の細胞内エネルギー代謝の恒常性を改善する作用を有することなどを示してきた13)。感染前に投与することで,これらの機序により,感染の重症化を防いでいるのである。
これらはインフルエンザウイルスを使った研究であるが,他のウイルス感染でも漢方薬の補剤投与により,生体防御機能を上げておくことは重症化予防につながると推測できる。

8.    感染症予防における漢方の考え方

共同筆者の劉建平は感染予防に対する知見として,古典およびSARS,新型インフルエンザ流行時の中医薬による介入研究をレビューしている14)。それによると,2000年前に書かれた『黄帝内経』に,既に疫病に対する予防方法が記載されている。1つ目は外因性病原体の侵入に対抗するために,小金丹という予防薬を服用することで体の気を充実させること,そして2つ目に,感染源を回避する,ということである。これは中医学の伝統として受け継がれてきている。その上で,SARS流行時の3つの予防研究と新型インフルエンザ流行時の4つの研究を紹介している。2009年の新型インフルエンザ流行時の4つの研究のうち3つはランダム化比較試験(RCT)であるが,2003年のSARS流行時は香港で行われたオープンラベルの比較対照試験と北京で行われた対照群なしのコホート研究である。香港での研究は,SARS治療に当たった11病院の職員を対象にして,中医療法を行った15)。その結果,有意差を持ってSARS発症を抑制した。ここで使われた処方は玉屏風散(黄耆,白朮,防風)と桑菊飲(杏仁,連翹,薄荷,桑葉,菊花,桔梗,甘草,蘆根)の合方である。

玉屏風散と桑菊飲は幅広く体の気を増すものとして用いられ,共同筆者の柴山は2009年の新型インフルエンザ流行当時,天津中医大学に在籍していて玉屏風散+桑葉,陳皮,菊花を感染予防として服薬し,予防が可能であった。

『黄帝内経』に記載された疫病に対する2つの原則は現代でも重要である。1つ目の気を増す,という考えは生体防御能を増すことに他ならない。2つ目の感染源を避ける,は密閉・密集・密接の三密を避けて,手洗いを励行することである。

9.    COVID-19に対する漢方治療活用の実際

日本の医療事情を考えると,重症化した患者の治療を漢方で行うのは現実的ではない。漢方が貢献できるとしたら,以下の2つの状況下においてであると考える。①ハイリスク患者の感染予防,②軽症患者の重症化予防。

①のハイリスク患者の感染予防は,漢方治療で最も重視する「未病の治療」である。『黄帝内経』の説く「気を増す」,すなわち生体防御能を増すことが漢方の役割と考える。

台湾のガイドラインにあるように,伝統医療治療の原則は個別化であり,それぞれの年齢,体力,疾患背景により異なる。そのため,漢方に詳しい医師の診断が必要であるが,逼迫した状況下においては,ある程度割り切って記載することをお許しいただきたい。

まずは生体防御能を増すためには,日々の「養生」が何より大切である。当たり前のことであるが,正しい食事・適度な運動,十分な休養が基本である。それに加えて,漢方では徹底的に冷えを嫌う。冷たい飲食物を避け,適切な衣服で体を温める。生姜汁などもよい。暴飲暴食は最もよくない。胃腸が弱ると防御機能が弱ると考える。

その上で高齢者は,玉屏風散に加えて補中益気湯,十全大補湯,人参養栄湯といったいわゆる補剤を考慮する。胃腸機能が弱っていれば四君子湯,六君子湯,茯苓飲などを用いる。現場の第一線で感染リスクに暴露されている医師には補中益気湯をお勧めする。

食薬区分の「専ら医薬品」には分類されない薬用人参,霊芝,冬虫夏草,板藍根などは免疫を高める生薬を入手して服用することもできる。漢方薬は飲みたいが医療機関に行きたくない,という知人にはこうした物を勧めているが,既に品薄のようである。インターネットなどでは品質の悪いものが高値で売られることもあるので信頼のおけるものを購入してほしい。

②の軽症患者の重症化予防は,感染徴候が少しでもあったら,ごく初期の症状を見逃さずに早めに葛根湯,麻黄湯を服薬する。高齢者は熱産生が弱いので麻黄附子細辛湯が良い。

COVID-19は上咽頭のみならず,気道の奥深く肺胞に達するところで増殖し,症状が出てから一気に悪化すると言われている。そうすると発熱を認めた時点で,葛根湯・麻黄湯では対応は不可能と考える。柴葛解肌湯か柴陥湯を処方する。柴葛解肌湯は葛根湯と小柴胡湯を合方すると近いものができる。生薬治療が可能であれば中国で既に効果が実証されている清肺排毒湯を処方するのがよい。

我々が動物実験で示してきたように,感染はウイルスの増殖スピードと生体防御能の競争である。重症化する前に本疾患の山場があると考えた方がよい。早め早めに適切な漢方治療が必要である。その上で改善徴候が見られなければ入院のタイミングを逃さないようにすることが肝要である。本稿執筆時に国から,感染が拡大している地域では,軽症者は自宅またはホテルで療養する,という指針が出された。ここで重症化を防いで回復させることが,医療崩壊を防ぐ最も効率的な方法であり,漢方薬の重要な役割と考える。

10.    日本で漢方薬をCOVID-19に使うための課題と解決策

COVID-19に対する漢方薬の海外の事例,日本での可能性について述べた。実際に日本で感染予防や重症化予防を行うためには,いくつかの課題を乗り越える必要がある。

(1)煎じ処方を活用するための煎じパックの活用

中国,韓国,台湾の処方を見ても煎じ薬が主である。煎じ薬は医師であれば保険内で処方できるが,日常診療で煎じ薬を処方する医師は少ない。また,自宅で煎じることもままならず,緊急を要する場合も多い。各国のガイドラインにあるように,ある程度処方を絞ってすべての自治体で活用してもらうことが望ましい。

特に清肺排毒湯は既に中国・台湾・韓国において治療ガイドラインに組み込まれており,臨床経験も積み重なってきている。煎じ薬ではあるが,今は煎じ機器で真空パックにすることも可能である。それができる漢方診療施設で備蓄ができれば,すぐに患者さんに届けられる。

(2)漢方専門外来における感染対策としての初診オンライン診療の導入

台湾のガイドラインにも明記されているが,予防および治療は個々の状態を見て決定する必要があり,漢方に詳しい医師の判断を要する。しかしながら感染を疑われる患者が来院しても対応できる漢方専門施設は少ない。特にマスクや消毒用アルコールの入手がきわめて困難な状況で,十分な感染対策を準備できる診療施設は少ない。初診オンライン診療には多くの医師が期待していると思うが,漢方の専門知識を活用するために,初診オンライン診療を許可いただきたい。

さらに漢方に詳しい相談薬局を活用することも提言したい。たとえば日本漢方協会では,COVID-19に立ち向かうという会長の強い意思が示されている。漢方に詳しい医師が限られていることから,薬剤師の活用も考慮すべきである。ただし,この場合にもその薬局を感染から守る措置が必要である。

(編集部注:本稿執筆後の4月10日から,厚生労働省は初診のオンライン診療を感染が収束するまでの期間限定で容認した)

(3)予防に対する保険漢方薬処方の規制緩和

感染予防の漢方治療について述べたが,現実には日本の医療制度では「予防」投与は認められていない。しかしながら,もし家族が発症し,自宅にいたら,どう対処すればよいのであろうか?ハイリスクの家族や,医療の最前線にいる医師たちが予防として服薬できるように是非とも「未病」の考え方を導入していただきたい。

(4)食薬区分の「専ら医薬品」に該当しない生薬の活用

わが国には食薬区分という制度があり,黄耆,金銀花,連翹などは医師・薬剤師を通さないと入手できない。一方で板藍根,冬虫夏草,薬用人参,霊芝などは「非医」という位置づけである。これら生薬の免疫賦活作用は国内外に基礎研究・臨床研究とも多数ある。予防として漢方薬が認められていない現状でも,明日から活用できる。

多量に服薬しない限り安全性も高い。ただし,通販などで入手するものは品質のばらつきが多く,粗悪品もあるので,注意が必要である。漢方に詳しい薬局での購入をお勧めする。

(5)中国・韓国・台湾における伝統医療の知見の共有と生薬の確保

中国・韓国・台湾では多くの伝統医療医師が第一線でCOVID-19に携わっている。そうした知見を積極的に情報共有してもらうパスをつくることが必要である。また,清肺排毒湯を日本に導入するためには,生薬使用量が多いことから,需要が高まれば枯渇する可能性がある。そうした場合に備えて,政府間で,十分な生薬の確保をお願いしたい。

11.    まとめ

新興感染症に対する,中国・韓国・台湾の取り組みを紹介し,わが国の政策と対比した。『傷寒論』以来,感染症に対して漢方は長年の知見の蓄積があり,中国,台湾,韓国では積極的に使われている。柴山が教員を務めていた中国・天津は東京よりも人口は多いが,4月3日時点で感染者数は180名,死者は3名である。天津中医大学の医師が予防に努めて第一線で働いている。こうした新興感染症は今後も繰り返すことが予想されるが,ウイルスを標的にした治療薬やワクチンが開発されるまでの時間稼ぎとしても伝統医療をわが国で積極的に用いる体制が確立されることを切望する。

ウイルスは次から次へと変異を繰り返し,新薬開発とのいたちごっこを繰り返すことは細菌と抗菌薬との競争の歴史を見ても明らかである。むしろウイルスの変異の方が劇的であり,人類の知恵がそれに追いつくのは困難である。漢方治療の標的はウイルスそのものではなく,ウイルスを攻撃する生体防御能を向上することである。その意味において新興感染症が起きた際に,ウイルスの種類を問わず,最前線の薬として活用でき,そこで時間が稼げればワクチンの開発が間に合う。

本稿執筆時点で大都市圏ではCOVID-19のオーバーシュートが間近に迫っている。中国,台湾,韓国における感染制御にどの程度伝統医療が貢献したかは現在は明らかではないが,その成果の発表を待たずにわが国でも漢方の活用を考えるべきではないだろうか。

〔謝辞〕台湾国家中医薬研究所のガイドラインの翻訳を手伝ってくれた慶應義塾大学医学部漢方医学センターの呉知峰氏,于海莎氏,廉方儀氏に感謝申し上げます。

【文献】

1)Yoshino T, et al:BMC Complement Altern Med. 2019;19(1):68.

2)Arita R, et al:Traditional & Kampo Medicine. 2016;3:59-62.

3)Cinatl J, et al:Lancet. 2003:14;361:2045-6.

4)Wang C, et al:Ann Intern Med. 2011;155(4):217-25.

5)中華人民共和国中央人民政府 新型コロナ肺炎診療ガイドライン(試行第七版)通知
[http://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2020-03/04/content_5486705.htm]

6)中国国家中医薬管理局発表清肺排毒湯の効果 
[http://www.satcm.gov.cn/hudongjiaoliu/guanfangweixin/2020-02-19/13220.htmL]

7)小川恵子:COVID-19感染症に対する漢方治療の考え方. 日本感染症学会特別寄稿 
[http://www.kansensho.or.jp/modules/news/index.php?content_id=140]

8)秋葉哲生, 他:漢方の臨床. 2009;56:331-42.

9)Munakata K, et al:BMC Genomics. 2012;13:30.

10)Dan K, et al:Pharmacology. 2013;91(5-6):314-21.

11)Dan K, et al:Pharmacology. 2018;101(3-4):148-55.

12)Takanashi K, et al:Pharmacology. 2017;99(5-6):240-9.

13)Takanashi K, et al:Pharmacology. 2017;99(3-4):99-105.

14)Luo H, et al:Chin J Integr Med. 2020;26(4):243-50.

15)Lau JT, et al:J Altern Complement Med. 2005;11(1):49-55.


表1    中国における新型冠状病毒肺炎診療方案第七案の中医治療ガイドライン

新型コロナウイルス肺炎は中医学の「疫」の病の範疇に属し,病因は「疫戻」の気を感受することである。各地では病状,気候の特徴,患者の体質の違いにより以下のガイドラインを参考に辨証論治を行うことができる。中国薬典記載用量を超えるものについては,医師の指導下で使用するものとする。

1. 医学観察期
臨床症状1:胃腸の不調を伴う倦怠
推奨される中薬製剤:藿香正気カプセル(丸剤,水剤,内服液)

臨床症状2:発熱を伴う倦怠
推奨される中薬製剤:金花清感顆粒連花清瘟カプセル(顆粒),疏風解毒カプセル(顆粒)

2. 臨床治療期(確定症例)
2.1 清肺排毒湯
適用される患者の範囲:各地域の医師の臨床観察と結合し,軽症,中等症,重症患者に適用する。危篤患者の治療については実際の状況にかんがみ合理的に使用する。
基礎方剤:麻黄9g,炙甘草6g,杏仁9g,生石膏15~30g(先煎),桂枝9g,澤瀉9g,猪苓9g,白朮9g,茯苓15g,柴胡 16g,黄芩6g,姜半夏9g,生姜9g,紫菀9g,款冬花9g,射干9g,細辛6g,山薬12g,枳実6g,陳皮6g,藿香9g
服用法:生薬を水で煎じ,1日1剤を朝夕(食後40分)各1回に分けて温服する。3日間を1クールとする。
条件があれば毎回服用後に米の粥を茶碗半杯飲む。舌が乾き,津液が不足している患者は茶碗1杯を飲む(注:発熱のない患者については生石膏の用量を減らし,発熱や高熱の場合は用量を増やす)。症状が改善したが完治はしていない患者については2クール目を服用する。
患者に特殊な事情や基礎疾患がある場合は,実際の状況に応じて2クール目の処方内容を調整し,症状が消失すれば服用を中止する。
処方出典:国家衛生健康委弁公庁 国家中医薬管理局弁公室『中西医結合新型コロナウイルス肺炎治療における「清肺排毒湯」使用推奨についての通知』(国中医薬弁医政函 [2020] 22号)。

2.2 軽症
(1)寒湿鬱肺証
臨床症状:発熱,倦怠,全身筋肉痛,咳嗽,喀痰,胸苦しく息がしにくい,食欲不振,消化不良,悪心,嘔吐,便が粘り排便不快。舌質は淡,腫大,歯痕があり,色はピンク。舌苔は白厚腐膩または白膩。脈は濡または滑。
推奨処方:生麻黄6g,生石膏15g,杏仁9g,羌活15g,葶苈子15g,貫衆9g,地龍15g,徐長卿15g,藿香15g,佩蘭9g,蒼朮15g,雲苓45g,生白朮30g,焦三仙各9g,厚朴15g,焦檳榔9g,煨草果9g,生姜15g
服用法:1日1剤,600mLの水で煎じ,朝昼夕3回に分けて食前に服用する。

(2)湿熱蘊肺証

臨床症状:微熱あるいは平熱,微悪寒,倦怠,頭重,身体が重い,筋肉痛,喀痰の少ない乾性咳嗽,咽頭痛,口渇で水分を欲しない,時に胸苦しく詰まる感じ,汗がないか出づらい,悪心,食欲不振,便が緩い,もしくは粘り排便不快。舌はピンク,舌苔は白厚膩または薄黄。脈は滑数または濡。
推奨処方:檳榔10g,草果10g,厚朴10g,知母10g,黄芩10g,柴胡10g,赤芍10g,連翹15g,青蒿10g(後下),蒼朮 10g,大青葉10g,生甘草5g
服用法:1日1剤,400mLの水で煎じ,朝夕2回に分けて服用する。

2.3 中等症
(1)湿毒鬱肺証
臨床症状:発熱,喀痰の少ない咳嗽,時に黄色い喀痰,息苦しく呼吸が荒い,腹部膨満感,便秘,排便困難傾向。舌は暗赤色,腫大,舌苔は黄膩または黄燥。脈は滑数脈あるいは弦滑。
推奨処方:生麻黄6g,苦杏仁15g,生石膏30g,生薏苡仁30g,茅蒼朮10g,広藿香15g,青蒿草12g,虎杖20g,馬鞭草30g,乾芦根30g,葶藶子15g,化橘紅15g,生甘草10g
服用法:1日1剤,400mLの水で煎じ,朝夕2回に分けて服用する。

(2)寒湿阻肺症
臨床症状:微熱,身熱不揚(熱感があるが体表部には現れない)または発熱しない。喀痰の少ない乾性咳嗽,倦怠,胸苦しい,胃膨満感,または悪心嘔吐,下痢。舌質は淡またはピンク,舌苔は白または白膩,脈は濡。
推奨処方:蒼朮15g,陳皮10g,厚朴10g,藿香10g,草果6g,生麻黄6g,羌活10g,生姜10g,檳榔10g
服用法:1日1剤,400mLの水で煎じ,朝夕2回に分けて服用する。

2.4 重症
(1)疫毒閉肺証
臨床症状:発熱して顔が赤い,咳嗽,喀痰は少なく黄色く粘る,または喀痰に血が混じる,呼吸が苦しく喘ぐ,疲労倦怠,口は乾き,苦く粘る,悪心,食べられない,排便困難傾向,尿量は少なく,色は深い黄色か赤みを帯びている。舌は赤,苔は黄膩,脈は滑数。
推奨処方:化湿敗毒方
基礎方剤:生麻黄6g,杏仁9g,生石膏15g,甘草3g,藿香10g(後下),厚朴10g,蒼朮15g,草果10g,法半夏9g,茯苓15g,生大黄5g(後下),生黄耆10g,葶藶子10g,赤芍10g
服用法:1日に1~2剤を水で煎じ,100〜200mL/回を1日2~4回服用または経鼻投与する。

(2)気営両燔証
臨床症状:高熱で激しい口渇,呼吸が苦しく喘ぐ,意識が混濁し,譫言が出る,物が見えにくい。時に発疹,吐血喀血,鼻出血,痙攣などがみられることがある,舌は深紅,舌苔は少ないか無苔,脈は沈細数,あるいは浮大かつ数。
推奨処方:生石膏30~60g(先煎),知母30g,生地30~60g,水牛角30g(先煎),赤芍30g,玄参30g,連翹15g,丹皮15g,黄連6g,竹葉12g,葶藶子15g,生甘草6g
服用法:1日1剤,水で煎じる。先に石膏と水牛角を煎じ,後に残りの生薬を入れる。100~200mL/回,日に2~4回服用または経鼻投与する。
推奨される中薬製剤:喜炎平(Xiyanping)注射液,血必浄(Xuebijing)注射液,熱毒寧(Reduning)注射液,痰熱清(Tanreqing)注射液,醒脳静(Xingnaojing)注射液。効能が近い中薬製剤であれば患者の状況にあわせて1種類を選択,臨床症状によっては2種類を併用してもよい。中薬注射液と生薬の湯液は合わせて使用できる。

2.5 重篤
内閉外脱証
臨床症状:呼吸困難,動くと息があがる,または換気療法が必要,せん妄,不安,興奮,汗が出て四肢が冷える,舌は紫暗,舌苔は厚膩または燥,脈は浮大で無根。
推奨処方:人参15g,黒順片10g(先煎),山茱萸15g。上記を煎じた湯液で中薬の蘇合香丸または安宮牛黄丸を一緒に服用する。
換気療法実施時に腹部膨満,便秘などを伴う者は生大黄5~10gを使用できる。患者-人工呼吸器非同調が発生し,鎮静薬,筋弛緩薬を使用している場合は,生大黄5~10g,芒硝5~10gを使用できる。
推奨される中薬製剤:血必浄(Xuebijing)注射液,熱毒寧(Reduning)注射液,痰熱清(Tanreqing)注射液,醒脳静(Xingnaojing)注射液,参附(Shenfu)注射液,生脈(Shengmai)注射液,参麦(Shenmai)注射液。効能が近い中薬製剤であれば患者の状況にあわせて1種類を選択,臨床症状によっては2種類を併用してもよい。中薬注射液と生薬の湯液は合わせて使用できる。

注:重症と重篤症例での推奨される中薬注射剤の用法
中薬注射剤の使用は薬品説明書に従って少量から開始し,段階的に調整することを原則とする。推奨される用法を下記に示す。
ウイルス感染または軽度の細菌感染合併の場合:
0.9%塩化ナトリウム注射液250mL+喜炎平(Xiyanping)注射液100mg bid,または0.9%塩化ナトリウム注射液250mL+熱毒宁(Reduning)注射液20mL,または0.9%塩化ナトリウム注射液250mL+痰熱清(Tanreqing)注射液40mL bid。
高熱で意識障害を伴う場合:
0.9%塩化ナトリウム注射液250mL+醒脳静(Xingnaojing)注射液20mL bid。
全身性炎症反応症候群および(または)多臓器機能不全の場合:
0.9%塩化ナトリウム注射液250mL+血必浄(Xuebijing)注射液100mL bid。
免疫抑制の場合:
ブドウ糖注射液250mL+参麦(Shenmai)注射液100mLまたは生脈(Shengmai)注射液20~60mL bid。

2.6 回復期
(1)肺脾気虚証
臨床症状:息が短く,倦怠疲労,食欲不振,悪心嘔吐,胸腹部のつかえ,排便に力が入らない,便が緩く排便不快,舌は淡,腫大,舌苔は白膩。
推奨処方:法半夏9g,陳皮10g,党参15g,炙黄耆30g,炒白朮10g,茯苓15g,藿香10g,砂仁6g(後下),甘草6g
服用法:1日1剤,400mLの水で煎じ,朝夕2回に分けて服用する。

(2)気陰両虚証
臨床症状:疲労,息切れ,口の乾燥,口渇,動悸,多汗,微熱または平熱,喀痰の少ない乾性咳嗽。舌は乾燥して水分が乏しく,脈は細または虚,無力である。
推奨処方:南北沙参各10g,麦冬15g,西洋参6g,五味子6g,生石膏15g,淡竹葉10g,桑葉10g,芦根15g,丹参15g,生甘草6g
服用法:1日1剤,400mLの水で煎じ,朝夕2回に分けて服用する。

表2    大韓韓医学会発表 韓医学診療勧告案第2版

清肺排毒湯:<中国衛生委診療方案6版>に収載された処方であり,麻杏甘石湯,射干麻黄湯,小柴胡湯,五苓散などを調合した通用方である。軽症初期,中等症,重症に使用できる。
<処方構成:1日分>
麻黄9g,炙甘草6g,杏仁9g,生石膏15〜30g,桂枝9g,沢潟9g,豬苓9g,白朮9g,茯苓15g,柴胡16g,黄芩6g,半夏(薑製)9g,ひね生薑9g,紫苑9g,射干9g,細辛6g,山薬12g,枳実6g,陳皮6g,藿香9g

1. 軽症初期
1.1 表熱証:発熱,悪寒,咽頭痛,筋肉痛,項強,咳嗽がある場合,ただし腹満,下痢が見られる場合は湿証処方を追加する。

荊防敗毒散:瘟疫初期の代表処方。
<処方構成:1日分>
羌活,独活,柴胡,前胡,茯苓,人参,枳殻,桔梗,川芎,荊芥,防風,甘草各8g

九味羗活湯:外感病の表裏兼病に用いられる代表処方。
<処方構成:1日分>
羌活,防風各12g,蒼朮,川芎,白芷,黄芩,生地黄各9.6g,細辛,甘草各4g,ひね生薑,大棗,葱白各8g

銀翹散:悪寒は軽く,主に発熱がある場合に用いる処方。
<処方構成:1日分>
金銀花,連翹,蘆根各15g,桔梗,薄荷,牛房子各9g 豆豉,甘草各7.5g,竹葉,荊芥各6g

桑菊飲:肺の津液不足による咳嗽に使用される代表処方。
<処方構成:1日分>
桑葉,連翹各12g,甘菊9g,杏仁9g,薄荷4.5g,桔梗6g,蘆根18g,甘草3g

葛根解肌湯:瘟疫初期に発熱と消化器症状が見られる場合に用いる処方。
<処方構成:1日分>
葛根24g,麻黄,黄芩各16g,芍薬12g,桂枝8g,甘草6.4g,ひね生薑,大棗各8g

1.2 湿証:軟便または下痢,気力低下,心下部の痞え,呼吸が弱い場合,発熱,悪寒がある場合は表熱証処方を追加する。

藿香正気散:外感病の湿証による消化器症状が随伴した場合に用いる代表処方。
<処方構成:1日分>
藿香12g,蘇葉8g,白芷,大腹皮,茯苓,厚朴,白朮,陳皮,半夏(薑製),桔梗,炙甘草各4g,ひね生薑,大棗各8g

藿朴夏苓湯:湿証が熱証よりも強い場合に用いられる代表処方。
<処方構成:1日分>
薏苡人16g,茯苓,杏仁,淡豆豉各12g,藿香8g,半夏(薑製),豬苓,沢潟各6g,厚朴4g,白豆蔲2.4g

三仁湯:湿証に用いられる代表処方。
<処方構成:1日分>
薏苡仁,滑石各18g,杏仁,半夏(薑製)各15g,通草,白豆蔲,竹葉,厚朴各6g

達原飲加減:消化器症状を随伴した湿証が熱証よりも多い場合に用いる代表処方。
<処方構成:1日分>
連翹15g,檳榔子,草果,厚朴,知母,黄芩,柴胡,芍薬,前胡,蒼朮,大青葉各10g,甘草5g

2. 軽症中期
2.1 裏熱証:発熱と咽喉痛,息切れ,胸悶(胸部不快感),胸痛,咽喉痛と乾いた咳,あるいは痰が絡んだ咳があり,呼吸器症状が主に見られる状態。

導赤降気湯:胸部に熱感があり,胸悶(胸部不快感)があり,痛みがある場合に用いる処方。
<処方構成:1日分>
生地黄24g,木通16g,玄参,栝呂仁各12g,前胡,羌活,独活,荊芥,茯苓,防風,沢潟各8g

清金降火湯:胸部の熱をなくし,痰が絡んだ咳を治療する処方。
<処方構成:1日分>
陳皮,杏仁各12g,茯苓,半夏(薑製),桔梗,貝母,前胡,栝呂仁,黄芩,石膏各8g,枳殻6.4g,甘草2.4g,ヒネ生薑8g

麻杏甘石湯合千金葦茎湯合小陥胸湯加減:熱による毒が肺に侵入した場合に用いる処方。
<処方構成:1日分>
麻黄5g,杏仁10g,石膏20g,生甘草10g,葦茎20g,冬瓜子15g,薏苡人20g 桃仁,栝楼皮,黄芩,半夏(薑製)各10g,葶藶子15g,紫蘇子,桔梗,知母各10g

麻杏甘石湯合清肌化痰湯:肺に痰と熱がある場合に用いる代表処方。
<処方構成:1日分>
麻黄9g,杏仁10g,石膏30〜50g,甘草10g,貝母,栝呂仁,黄芩,桔梗,枳殻各15g,茯苓20g,葶藶子15g,魚腥草30g,白朮,蒼朮各15g,陳皮,半夏(薑製)各10g

麻杏甘石湯合銀翹散:痰が絡んだ咳がひどく,咽喉痛と発熱症状を治療する。SARS治療時に中国でも最も用いられた処方。
<処方構成:1日分>
金銀花,連翹,蘆根各15g,桔梗,薄荷,牛房子各9g,豆豉,甘草各7.5g,竹葉,荊芥各6g,麻黄,杏仁,石膏各9g

2.2 湿重証:持続する下痢。
中期からは呼吸器症状が主に見られるが,湿証症状も徐々にひどくなる様相も見られる。治療は裏熱証治療に初期に準じた湿証治療を加える。

3. 中等症期および重症期
この時期からは鑑別治療よりも,中医処方の治療法である清肺排敗毒湯麻杏甘石湯加減方を用いる。

4. 最重症期:閉脱証は死亡する可能性が高い危篤状態である。

参附湯合蘇合香丸:危篤状態において,早急に回復させる目的で用いる処方。
<処方構成:1日分>
人参15g,炮附子10g,山茱萸15gの煎液と蘇合香丸を溶かして服用。

表3    台湾国家中医薬研究所所長 蘇奕彰によるガイドライン

一般民衆向け推奨処方の原則
屋外の換気スペースでは感染リスクがなく,健康な人は地域住民感染者が出るまでは感染しないため,正常な睡眠を維持し,バランスの取れた食亊,適度な運動,精神的にリラックスすれば,予防処方は必要ない。
もし,慢性疾患があり免疫機能低下が見られたり,職場で不特定多数の人と接触しなければならず感染リスクが高い場合は,疾病や個人の体質に合わせ体質調節の処方を作成することができる。注意しなければならないのは「予防処方は,長期にわたり大量に急性期の炎性を治療する寒性解熱解毒薬を使用することは望ましくない」。胃気や衛気を抑えるため,免疫力を低下させて,かえって感染症や病変を引き起こしやすくなる可能性がある。中医病院の医師は,益気固表と辛温発散解毒の中薬を処方することを推奨する。

黃耆 三錢,桂枝 二錢,甘草 二錢,生姜 三錢,紅棗 五枚,荊芥 三錢,桑葉 三錢(一銭は3.75g)
煎じ方:薬剤を鍋に入れ3000mLの水を加え,強火にかけ沸騰したら弱火にし,20分煎じ火を消す。薬液を濾し,お茶代わりに飲用。
効能:益気護衛固表

高感染リスク者向け予防処方の原則
医療スタッフ,公共交通機関および公共の場所での従事者は感染リスクが高く,武漢肺炎予防処方を出す必要がある。処方は以下を推奨する。

黃耆 五錢,桂枝 二錢,甘草 二錢,生姜 五錢,紅棗 五枚,荊芥 三錢,桑葉 三錢,薄荷 三錢,板藍根 三錢,魚腥草 五錢(一銭は3.75g)
煎じ方:薬剤を鍋に入れ3000mLの水を加え,強火にかけ沸騰したら弱火にして20分煎じ火を消す。薬液を濾し,お茶代わりに飲用。
効能:益気固表,宣肺解毒

エキス生薬処方:以下一日量,2包に分け1回6g,一日2回服用。
A. 黄耆末1.5g,荊芥末1.5g,甘草末1.0g,生姜末1.0g,板藍根末2.0g,魚醒草末2.0g,薄荷末1.5g,桑葉末1.5g

B. 荊防敗毒散8.0g,魚醒草末2.0g,板藍根末2.0g

急性病症診療の原則と処方
衛生福利部は重症特殊感染性肺炎を第5種法定伝染病とすることを公表した。したがって,重症特殊感染性肺炎の可能性のある症例治療に対し,規定を順守,迅速に通報し隔離治療をしなければならない。中医病院は防護隔離設備が不足しているため,医療スタッフの感染や疫病の発生や拡散を防ぐためにも,疑い症例に対し決して自ら診療し薬を用いてはならない。
各区衛生福利部指定病院の隔離病棟では,中医師は重症特殊感染性肺炎患者の中西医統合治療に参与するため,まず治療方針を理解しなければならない。以前,重症温疫中医治療原則の中で体質弁証論治をあまり重視しなかった(もともと慢性疾患を有する者以外),かつ,武漢肺炎の臨床伝染は迅速で将来的に大量の患者に向き合うことになる。したがって,病邪が人体に侵入後に変化する臨床症状の弁証論治が鍵である。
2003年SARS期間,台中のSARS患者への中医治療経験から見ると,中医薬は早期に関与することにより病状増悪を阻止できる。そのうえ,中薬は症状を顕著に軽減し,発熱と入院期間を短縮させ,炎症の吸収を促進し,後遺症,合併症や西洋薬の副作用を減少することができる。武漢肺炎ウイルスはSARS-CoVウイルスに類似するが,経過変異,伝染過程の変種,また環境,地域の気候,人それぞれの体質特性が異なるため,台湾では患者の病機と診療は中国方案に必ずしも適合しない。SARSの予防治療経験に基づき,学術論文発表の病歴と診療の資料を参考に推奨する重症特殊感染性肺炎患者への中医臨床治療は以下の方案である。(臨床患者の体質弁証により調整されたし):

1.ウイルス潜伏期(未発病):
防御が不完全な状況下で,重症特殊感染性肺炎患者に接触し,ウイルス感染した可能性がきわめて高い医療スタッフ,あるいは民衆は規定により14日間隔離観察し疫病感染の発生と拡散を避ける。そのほか,隔離された人に対し本人の希望があれば中薬を処方し使用する。それにより,ウイルスの体内拡散を阻止し,人と人の相互感染を遮断することが期待できる。未発病隔離者の臨床推奨方剤は以下の通り:

荊芥 三銭,桂枝 二銭,藿香 三銭,蒼朮 二銭,桑葉 三銭,板藍根 五銭,魚腥草 五銭,黄芩 三銭,瓜呂実 五銭,厚朴 二銭,甘草 二銭,生姜 二銭(一銭は3.75g)
作成:薬剤を鍋に入れ1200mLの水を加え,強火にかけ沸騰したら弱火にし薬液が300mLになるまで煎じる。朝夕各150mL服用,一日1剤。
対象:ウイルス感染した可能性がきわめて高い医療スタッフと民衆。
目的:体内に侵入したウイルス複製と増殖を阻止する。
時機:重症特殊感染性肺炎が侵入したばかりの潜伏期,まだ症状が出ていない,あるいは初期症状(発熱,咳嗽,倦怠乏力)時に使用。

エキス生薬処方:以下一日量,3包に分け1回5g,一日3回服用。
A. 荊芥末1.5g,蒼朮末1.5g,薄荷末1.5g,桑葉末1.5g,甘草末1.5g,板藍根末2.0g,魚醒草末3.0g,厚朴末1.5g,生姜末1.0g

B. 九味羌活湯エキス10.0g,魚醒草末3.0g,板藍根末2.0g

2.発病期:患者はすべて病院内で隔離治療を受け,個人病院で診療を受けてはならない。
中西医統合治療が最適な選択肢であり,治療に責任を負う医療団体と討論後,その経過症状に合わせ以下の推奨処方を使用する。

(1)ウイルス増殖期:
初期は風寒発熱証:微悪寒,発熱あるいは無熱,乾咳,倦怠乏力,口乾,無汗あるいは汗がスムーズに出ない;一部の患者に食欲不振,悪心,嘔吐,軟便が見られる,舌淡紅,苔薄白あるいは滑,脈浮,若干数。
病状が進むと表寒裏熱あるいは湿証に発展する。治療は辛温宣透に補佐として清化法を用い宣散風寒,透邪外達させると良い。処方は藿香正気散,荊防敗毒散に清涼解毒薬を加減し,熱証が重いときは石膏を加味する。処方は以下の通り:

麻黄 二銭,桑葉 三銭,薄荷 三銭,蒼朮 二銭,魚醒草 五銭,板蘭根 五銭,黄芩 三銭,生石膏 三銭,瓜呂実 五銭,厚朴 三銭,甘草 二銭,生姜 二銭(一銭は3.75g)
作成:薬剤を鍋に入れ1200mLの水を加え,強火にかけ沸騰したら弱火にし薬液が300mLになるまで煎じる。朝夕各150mL服用,一日1.5剤。
対象:発病1〜7日の初期疑似患者で,症状が出たばかりの時に使用。
目的:ウイルスの体内増殖,拡散を阻止する。

エキス生薬処方:以下一日量,3包に分け1回5g,一日3回服用。
A. 麻黄末1.0g,荊芥末1.5g,黄芩末1.5g,甘草末1.0g,生姜末1.0g,板藍根末3.0g,魚醒草末3.0g,厚朴末1.0g,瓜呂実末2.0g

B. 九味羌活湯エキス10.0g,魚醒草末3.0g,板藍根末2.0g

一部の患者は重症に発展し痰熱阻肺証が出現し,肺に湿熱蕴毒が見られることもある。症状は,発熱,乾咳あるいは嗆咳(せき込む),胸悶,息切れ,喘促,汗がスムーズに出ない,食欲不振,胃脘部膨満感,口乾,あるいは咽痛を伴う,口苦,あるいは口黏,舌紅,苔黃膩,脈浮弦滑数。治療は清熱化湿解毒法を用い,方剤は柴陥湯,清瘟敗毒飲,甘露消毒丹の加減を選択する。処方は以下の通り:

麻黄 二銭,桑葉 三銭,瓜呂実 五銭,茯苓 五銭,魚腥草 一両,板蘭根 五銭,黄芩 三銭,生石膏 三銭,姜半夏 三銭,厚朴 三銭,乾姜 一銭,甘草 二銭(一銭は3.75g)
作成:薬剤を鍋に入れ1000mLの水を加え,強火にかけ沸騰したら弱。300mLの薬液になるまで煎じる。朝夕,あるいは朝昼晩各150mL服用,一日1〜1.5剤。
対象:症状が顕著に重症化し,サイトカインストームを起こしそうな者。
目的:病勢が肺に侵入し重篤なびまん性炎症を起こすのを阻止する。

エキス生薬処方:以下一日量,3包に分け1回5g,一日3回服用。
A. 麻黄末1.0g,桑葉末1.5g,黄芩末1.5g,厚朴末1.5g,甘草末1.5g,板藍根末1.5g,魚醒草末3.0g,生石膏末1.5g,瓜呂実末2.0g

B. 柴陥湯エキス9.0g,魚醒草末3.0g,板藍根末1.5g,生石膏末1.5g

(2)サイトカインストーム期:
発病7〜9日で肺炎は重篤な増悪期に入り,臨床表現として息切れ,喘悶,倦怠乏力が顕著で,あるいはチアノーゼを伴い,重症者は気竭喘脱(肺気が尽き頻呼吸)が現れる。治療は祛邪と同時に必ず扶正を行い,清営湯,合生脈,復脈湯の加減を選択し,補助に強心通脈,涼血活血,化瘀化痰薬を用い,肺炎の増悪を阻止し,炎症痰液を吸収し,呼吸窮迫,呼吸不全,挿管率を低下させる。エキス生薬では薬力が十分ではないため,生薬煎じ薬が要である。

生石膏 五銭,黄芩 三銭,魚腥草 一両,綿茵陳 五銭,製附子 一銭半,乾姜 一銭半,甘草 二銭,麦冬 三銭,瓜呂実 五銭,姜半夏 三銭,茯苓 五銭,厚朴 三銭(一銭は3.75g)
煎じ方:薬剤を鍋に入れ1200mLの水を加え,強火にかけ沸騰したら弱火にし薬液が300mLになるまで煎じる。3〜4時間ごとに1回,毎回100mLの薬液を服用,あるいはNGチューブで投与。一日1~2剤。
対象:発病後7~14日で肺炎の重症増悪期の患者。
目的:重症肺炎の増悪を阻止,滲出液を吸収し,呼吸窮迫と挿管率を低下させる。

末期患者は重症になると,喘促,煩躁,倦怠乏力がひどく,西医は酸素供給のほか必要時には挿管治療をする。中医は清営解毒,益気涼血薬を用い補助することができる。また病状が重篤の際は,喘促,昏睡,自汗,四肢厥逆,脈微欲絶が現れる。益気固脱,あるいは辛涼開竅法を併用し治療する。製附子を増量し危機を脱することができれば,患者には回復の希望がある。

(3)回復期:
発症から14日以上経過すると,徐々に回復する患者がいれば,症状が引き続き増悪し肺線維症を起こす患者もいる。臨床では気陰両傷,気虚挾痰,挾瘀が主であり,弁証治療は益気養陰,扶正祛邪を強調し,同時に化湿,活血も重視する。
肺線維症が明らかではない患者には,益気養陰潤肺,健脾化湿法を用い治療を行い,生脈散,沙参麦冬湯,参苓白朮散に涼血活血薬を加味し調整する。まだ肺経証が見られる者には,邪気を完全に取り除くため,引き続き症状に合わせ清熱祛邪の生薬を加減するとよい。
また,食事,過労または風邪は病状を悪化させる可能性があるため,体調が悪くならないよう食事や日常生活に注意する。

北沙参 三銭,麦冬 三銭,乾地黄 三銭,茯苓 五銭,桑葉 三銭,瓜呂実 五銭,黄芩 五銭,綿茵陳 五銭,牡丹皮 三銭,炒白朮 二銭,厚朴 三銭,甘草 二銭(一銭は3.75g)
作成:薬剤を鍋に入れ1200mLの水を加え,強火にかけ沸騰したら弱火にし,薬液が300mLになるまで煎じる。朝夕各150mL服用,一日1剤。
対象:重症特殊感染性肺炎回復期の患者。
目的:肺機能と体力回復を促進させ,滲出液を吸収する。

エキス生薬処方:以下一日量,3包に分け1回5g,一日3回服用。
A. 桑葉末1.5g,牡丹皮末1.5g,麦門冬末1.5g,黄芩末1.5g,甘草末1.5g,綿茵蔯末2.0g,厚朴末1.0g,茯苓末1.5g,瓜呂実末3.0g

B. 沙参麦冬湯エキス9.0g,綿茵蔯末2.0g,瓜呂実末2.0g,厚朴末1.0g,白朮末1.0g

明らかに肺線維症を起こしている患者には,益気養陰潤肺に,涼血活血化瘀祛痰を合わせ,炙甘草合血府逐瘀湯と清燥救肺湯等の加減を用い治療する。

炙甘草 三銭,北沙参 三銭,製附子 一銭,桂枝 二銭,瓜呂実 五銭,黄芩 三銭,乾地黄 三銭,生玉竹 三銭,綿茵陳 五銭,丹皮 三銭,赤芍 三銭,桃仁 二銭(一銭は3.75g)
作成:薬剤を鍋に入れ1000mLの水を加え,強火にかけ沸騰したら弱火にし,薬液が300mLになるまで煎じる。朝夕各150mL服用,一日1剤。
対象:重症特殊感染性肺炎患者で明らかに肺線維症を起こしている者。
目的:肺線維症の増悪を阻止する。

エキス生薬処方:以下一日量,3包に分け1回5g,一日3回服用。
炙甘草湯エキス8.0g,製附子末1.0g,綿茵蔯末2.0g,瓜呂実末2.0g,厚朴末1.0g,牡丹皮末1.0g

臨床備考
(1)感染した患者たちは陰圧病棟に隔離され監視とケアを受ける。患者の生命維持のため,西医の重症特殊感染性肺炎標準治療法は非常に重要である。患者の病状に合わせ,中医師,西医師ともに十分協力する。
(2)隔離された患者が中医診療を受ける時,医師が舌診と脈診を行うのは難しい(医師は手袋を着用,重症患者は酸素または挿管をも使用し治療するため),さらにほとんどの患者は点滴と薬を受けており,舌と脈象は参考にできない。「バイタルサインとカルテ」を参考にし,患者の生理および病状を理解する。
(3)前述の中医診療推奨方案は武漢肺炎の経過分期弁証に基づく。臨床において,慢性疾患,免疫機能障害,および高齢患者の予後は不良である。基礎疾患や体質は病機の分析と投薬に影響するため,医師は個々のケースにそって実際の状況を詳しく弁別分析し治療基準とする。
(4)2003年のSARS-CoV流行の経験によると,寒湿の病邪は,気候が暖かくなる時に抑制され,消失する可能性がある。しかし,風寒病邪に属し,特に明らかに風邪の特性を持つ2019-nCoVが気温の上昇により病原性活動が低下するかどうかは,まだ不明である。しかし,「感染が少なければ少ないほど,疫病は早く収束する」ことは確かである。したがって,戦略上,感染予防は治療より重要であり,中医基幹病院は教育に参与し,民衆が感染拡散を予防する手助けをし,ウイルス携帯者をブロックまたは減らし,できるだけ早く疫病が収束することを希望する。

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