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先輩の言うこと・世間の常識・世界の大勢は─、疑え![炉辺閑話]

No.4993 (2020年01月04日発行) P.13

渡辺 彰 (東北文化学園大学医療福祉学部特任教授/公益財団法人宮城県結核予防会理事長)

登録日: 2020-01-01

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学生講義で私はよく「世間の常識は疑え!先輩の言うことも疑え!私の言うことが間違いだったと後でわかるものもある!」と言う。医学教科書でさえそうである。

私はCoxiella burnetiiによる人獣共通感染症Q熱の研究で日本感染症学会二木賞を頂いたが、昔の教科書には「Q熱は日本に存在しない」と書いてあるものがあった。獣医師やペットショップ店員のC. burnetii抗体価の陽性が高頻度だったのに、である。

これに近いことを2009~10年の「新型インフルエンザ」で経験した。

私は当時、日本感染症学会新型インフルエンザ対策ワーキンググループ(現インフルエンザ委員会)の座長を務め、国内発症第1例出現直後の2009年5月21日に「新型インフルエンザ対策緊急提言」を発出した。インフルエンザ迅速診断キットと抗インフルエンザ薬を駆使した早期からの積極対応を呼びかけたのである。同年9月15日にはさらに具体的な提言第2版を発出し、わが国の多くの臨床医から賛同を頂いたが、一部の(特に、感染症が専門とおっしゃる)医師と一部のメディアから批判された。「日本感染症学会はおかしい!世界基準・世界の大勢に従え!」というのである。WHOが8月に「健常成人では抗ウイルス薬の投与は必ずしも必要ではない」、世界の感染症対策の総本山である米国CDCは10月に、「大部分の健康人では抗ウイルス薬による治療は不要」と言ったからである。学会事務局には批判や抗議の手紙・メールが多数届き、委員が手分けして返事を書いていた。

大変であったが、翌2010年1月に批判はピタリとやんだ。CDCが1月に「リスクのない軽症でも発症48時間以内なら抗ウイルス薬投与を考慮」、WHOは2月に「若年でも重症・進行例ではできるだけ早く抗ウイルス薬を投与」と180度変わり、我々と同じことを言いはじめたからである。実際、2009年の後半、日本を除く各国で若年者のインフルエンザ死亡が相次ぎ、米国が1万2000名以上の死亡を記録した一方、日本は202名の死亡にとどまっていた。2010年5月には“The New England journal of medicine”も早期からの積極治療策を掲載し、米国感染症学会も2011年に反省を表明した。

世界基準・世界の大勢はコロッと変わるものであり、惑わされることなく自分の頭で考えたいものである。

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