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【Breakthrough 医薬品研究開発の舞台裏(6)皿井伸明(アストラゼネカ 研究開発本部 循環器/腎/代謝疾患領域統括部メディカルサイエンス部 部長)】1型糖尿病の効能追加が認められた「フォシーガ」、さらなる適応拡大へ

No.4983 (2019年10月26日発行) P.14

登録日: 2019-10-25

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インスリン治療が欠かせない1型糖尿病患者の補助治療としてSGLT2阻害薬が注目されている。「スーグラ」(一般名:イプラグリフロジン)に続いて「フォシーガ」(ダパグリフロジン)も1型糖尿病の効能追加が2019年3月に認められ、臨床現場で使用するケースが広がっている。製造販売元のアストラゼネカはフォシーガについてさらなる適応拡大を目指し、慢性心不全/慢性腎臓病患者を対象とした国際共同試験も進めている。SGLT2阻害薬は糖尿病治療の枠を超え、どこまで多くの患者の予後を改善する可能性を持っているのか。アストラゼネカで循環器・腎・代謝疾患領域の開発を担当する皿井伸明医師に話を聞いた。

さらい のぶあき:1994年京大医学部卒。循環器内科医。医学博士。2008年以降、製薬企業にてファーマコビジランス、研究開発、メディカルアフェアーズ業務に従事。18年2月より現職。

─「フォシーガ」(ダパグリフロジン)の1型糖尿病への適応拡大が承認されましたが、あくまでもインスリン製剤との併用で使用するのが条件ですね。

皿井 インスリン治療で血糖コントロールが不十分な患者さんの補助治療として使用する、ということで承認されました。
1型糖尿病は長い間、インスリン治療以外の選択肢が限られている状況でした。ダパグリフロジンはインスリン作用に依存せずに血糖を下げるという作用機序があるので、「1型にも使えるようにしてほしい」という強い要望が医療現場の間で以前からあり、適応拡大に向けて開発を開始したという経緯があります。

低血糖やDKAを管理しながら開発

─開発のプロセスの中ではどのようなハードルがありましたか。

皿井 当初、「本当に1型糖尿病の治療薬として成り立つのか」というところでいろいろな議論がありました。1型糖尿病の患者さんはインスリンの投与が絶対必要ですし、インスリンの投与量が多すぎても少なすぎても深刻な有害事象が起こる可能性がある。その中で、余剰な糖を尿中に排泄して血糖を下げるSGLT2阻害薬という薬剤が患者の血糖コントロールに本当に有用なのか、という議論が重ねられ、最終的に低血糖やDKA(糖尿病性ケトアシドーシス)をしっかり管理しながら開発することが重要という結論に至りました。
臨床試験は、インスリン製剤の投与量を適切に調整しながらフォシーガの併用を続けるというデザインにし、フォシーガ併用開始時に低血糖予防のために必要と考えられた場合は、インスリン製剤の減量を20%以内で検討するという大まかな基準だけ設けました。
患者さんには症状の有無にかかわらず低血糖に関するすべての事象を報告していただき、きめ細かくデータを評価することにしました。DKAに関しても、予防の観点から血中のケトン体を自己測定できるようにし、閾値を超えた場合には医療機関に連絡していただくという体制をとりました。
新しい治療法ですので、効果が期待できる半面、リスクもあるだろうということで、専門の先生方の理解を得るのにも当時の担当者は苦労したようです。

心不全・腎臓病を対象に国際共同試験

─1型糖尿病患者を対象とした試験は期待通りの結果が得られたのでしょうか。

皿井 結果としては有用という評価をいただくことができました。第Ⅲ相試験ではHbA1cが有意に下がるという結果が得られましたし、低血糖に関しては、約800名の患者さんに参加いただいたDEPICT-2試験で52週間の試験期間中の「重度の低血糖」の発現割合がフォシーガ5mg群8.9%、10mg群9.6%、プラセボ群8.5%という結果でした。DKAに関しては、プラセボ群と比較してフォシーガ群でより多く確認されましたので詳細に評価し、安全対策を徹底すれば管理可能ということで当局と合意することができました。

─実際に臨床の現場で使用する際に、特に注意してほしいことは何ですか。

皿井 やはり注意すべきなのは、低血糖とDKAです。1型糖尿病の場合、低血糖もDKAも常に隣り合わせのリスクであることは間違いないのですが、SGLT2阻害薬を併用すると、典型的なDKAと違って、血糖がそれほど高くない状態でもDKAを起こす場合があるということが報告されています。そういった状況が起こり得ることを理解し、リスクを管理した上で使うことが重要と考えています。

─日本糖尿病学会から今年8月に、SGLT2阻害薬を1型糖尿病患者に使用する場合は「十分に臨床経験を積んだ専門医の指導のもと」での使用を検討すべきとのリコメンデーションが出されました。

皿井 私も同様の意見で、1型の患者さんに処方する場合は1型糖尿病治療に精通された専門医の指導のもとで使っていただくべき薬だと考えています。

─フォシーガについては、さらなる適応拡大に向けて日本を含めた様々な国際共同試験が進められているようですが。

皿井 心不全に関して、EF(左室駆出率)が低下した心不全患者を対象としたDAPA-HF試験と、EFが保たれた患者を対象としたDELIVER試験が進められています(DAPA-HF試験は2019年7月に終了)。ほかに慢性腎臓病患者を対象としたDAPA-CKD試験も実施しています(表)。
私自身、循環器科医として、2015年のEMPA-REG OUTCOME(SGLT2阻害薬が心血管イベントのリスクを低下させる可能性を示した最初の試験)以来、SGLT2阻害薬の作用に強い関心を持ってきましたので、患者さんの予後を大きく改善する可能性のあるフォシーガの開発に携われるのはとても有意義です。

「きちんと事実を知る」ことが大事

─開発の仕事に携わる中で皿井さんが特に大切にしていることは何ですか。

皿井 「きちんと事実を知る」「患者さんを第一に考える」「科学に基づいて議論する」の3つが大事だと感じています。
最近読んで面白かった本に『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP)という本がありますが、これにも書かれているように、事実を一つ一つ知っていくことは全体の理解につながるので、私もいつも大切にしたいと思っています。そして、患者さんを第一に考え、国際共同試験に日本もしっかり参加しデータを積み重ねることで、科学に基づいた議論もできるようになります。
エキスパートの先生方と科学に基づいて議論し新しい治療コンセプトをつくっていくという状況は、SGLT2阻害薬に関してまさに起こっている状況ではないかと感じています。患者のアウトカムを本当に良くする薬の開発に今後も力を注いでいきたいと思います。

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