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【Breakthrough 医薬品研究開発の舞台裏(4)籔内 一輝(大日本住友製薬 CNS臨床開発シニアフェロー)】服薬アドヒアランス向上を目指し、世界初の経皮吸収型抗精神病薬「ロナセンテープ」を開発

No.4975 (2019年08月31日発行) P.14

登録日: 2019-08-30

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「精神神経領域」「がん領域」「再生・細胞医薬分野」を重点領域として研究開発に積極的に取り組む大日本住友製薬。「精神神経」と「がん」は今年3月に本誌が実施した読者アンケートでも最も新薬開発への期待が集まった領域であり、特に同社の精神神経領域の研究開発に対しては「(開発中の)ルラシドンに期待している」などの声が寄せられた。今年6月に国内での製造販売承認を取得した世界初の経皮吸収型抗精神病薬「ロナセンテープ」(一般名:ブロナンセリン)をはじめ、精神神経領域の新薬開発を担当する籔内一輝CNS臨床開発シニアフェローに、この領域の開発ならではの苦労話と醍醐味を聞いた。


やぶうち かずき:1996年京大大学院薬学研究科博士課程修了。同年住友製薬(現大日本住友製薬)に入社し研究開発業務に従事。2018年4月より現職。

─「ロナセンテープ」は自社創製の「ロナセン錠/散」(2008年4月発売)のテープ製剤として開発されましたが、開発が決まった経緯をお聞かせください。

籔内 統合失調症患者の服薬アドヒアランスが低い要因の1つとして、治療薬の剤型の問題もあるという報告が以前からあり、「錠剤や注射剤を好まない方のために貼り薬的なものがあるといいのではないか」という議論がありました。
新たな剤型を提供することにより患者と医療者が相談しながら治療方針を決めていくshared decision makingの場で新たな提案が可能となりますし、また、錠剤だと実際に服薬しているかどうか分かりませんが、テープ剤は貼付の有無や投与量を視認できるというメリットもあります。そうしたことが開発を始めるきっかけになりました。

─開発中に特に苦労したところは?

籔内 プロトタイプの製剤から始めたので最初は接着性が悪く、汗をかくと剝がれてしまうということがありました。接着性を強めるとかぶれなどの皮膚症状が出やすくなるし、弱めると剝がれやすくなるという中で試行錯誤を繰り返し、製剤を改良していきました。
検証試験は国際共同試験で海外の患者さんにも参加してもらったのですが、プロトコールではテープを貼っている間はシャワーを浴びてはいけないことになっていたので、特に南アジアの国々で症例を確保するのに苦労しました。またプラセボ対照試験でしたので、患者さんにプラセボ製剤を貼付することに躊躇される先生も多く、被験者のリクルートは大変でしたね。

使用する際は皮膚の状態に注意を

─試験の結果は期待通りでしたか。

籔内 我々としては結果は満点に近いものでした。皮膚関連の有害事象は出ましたが、高用量の80mgに上げてもその他の有害事象はわずかな増加にとどまり、最終的に添付文書には40mgを中心用量としながら、最大80mgの貼付も可と記載されました。予想以上にきれいな結果が出たと思っています。

─実際に医療現場で使用する際に、特にここに留意してほしいというところはありますか。

籔内 臨床試験ではあまり重篤なものは観察されていませんが、皮膚関連の有害事象は錠剤にはない事象ですので、特に皮膚の状態に注意しながらお使いいただきたいと思います。

─貼付する場所は「胸部、腹部、背部のいずれか」で「24時間ごとに貼り替える」とされています。

籔内 皮膚刺激を避けるため貼付箇所をローテーションし、同じ部位に2回連続貼付するのは避けていただくという注意書きになっています。1日1回決まった時間に貼り替えていただく必要がありますので、例えば入浴のタイミングで貼り替えるなど生活にリズムをつくり、水分を十分に取り除いてから貼付するようにしていただきたいと思います。

成功の裏に失敗の経験

─ロナセンテープ以外の製品開発で思い出深い仕事はありますか。

籔内 現在承認申請中のルラシドン(適応症:統合失調症/双極性障害うつ)も担当しているのですが、ルラシドンの開発では、当初、国内での申請を目指して実施したフェーズ3試験で有意差が検証できたと発表した後に、実はデータのミスで検証されていなかったということがあり、非常につらい思いをしました。 データ1例1例の重みを痛感し、この経験があったことでロナセンテープの試験では様々な工夫ができました。ロナセンテープの成功の裏には、ルラシドン開発での失敗の経験があるんです。
ルラシドンの開発にもその後、気持ちを入れ替えて取り組みました。失敗した原因を徹底的に解析して別試験を実施し、7月末に承認申請にこぎ着けることができました。

─今後、テープ剤の開発でさらにチャレンジしたい疾患はありますか。

籔内 ブロナンセリンでは難しいかもしれませんが、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)はテープ剤があればいい選択肢になるのではないかと考えています。

開発は「純粋なサイエンス」

─籔内さんは一貫して精神神経領域を担当されているのですか。

籔内 入社後、研究職として10年以上、開発に配属されてからも一貫して精神神経領域を担当しています。精神神経領域は非臨床データの外挿が難しく、患者さんの症状も多様で不確実な部分が多い領域ではありますが、だからこそ面白みがあります。我々がいままで培ったノウハウや最新のサイエンスに基づいてやれることはまだまだあると感じています。
実は入社当時は研究志向が強く「開発だけは行きたくない」と思っていました。しかし担当してみると開発は本当に楽しい。臨床の先生方に会いに行くのもためらいがあったのですが、実際に話をするといろいろなことを教えていただけるので、とても勉強になります。

─現場の臨床医とのコミュニケーションの中で気づかされたことはありますか。

籔内 一度、研究で培った知識に基づいてある先生に「これはこういうことですよね」と尋ねた際、「君は考え方が固すぎる。そんな教科書通りに考えていてはだめだ」と言われたときは衝撃でした。生半可な知識で先生にぶつかると必ずしっぺ返しを受けます。開発は純粋なサイエンスで、生半可なロジックでは全く通用しないので、論理的思考も非常に鍛えられます。
ただ、試験の結果が出る前の数日間はいつも眠れません。盲検下で我々もどうなるか全くわからないので本当にドキドキです。「やることはやった」と思っても失敗する夢を見ますから。最後は神頼みで、近所の神社に必ずお参りに行きます(笑)。

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