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重圧の限界[炉辺閑話]

No.4941 (2019年01月05日発行) P.64

寳金清博 (北海道大学病院病院長)

登録日: 2019-01-04

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高校生の頃、生意気にも、勝海舟の『氷川清話』を読んだ。勝海舟は、言うまでもなく、一国の命運を左右する決断をいくつも下し、想像を絶する困難な軋轢の中で、究極の選択を迫られる毎日で一生を終えた。勝とは一体、どんな精神力の持ち主であったのか?高校生にしては、大人びた感想を持った。

病院の収支の些細な変動やプロジェクトの採否に一喜一憂する小心なわが身を振り返る。そして、この偉人の一生を見るとき、器の容量の違いに呆然とする。一国の運命を決する判断を迫られるのである。

勝海舟は、体を病んだり、うつ病になったり、精神が病んだりしなかったのか。まして、本当に命の保証のない毎日であったはずだ。しかし、実際には、人間の精神が耐えうる限界的ストレスの中を勝が生き抜いたことを歴史は証明している。

勝海舟は、図抜けた英傑であり、問題処理能力、決断力、人望、すべての点で巨人である。しかし、もし、もうあと一段ストレスが限界を超えれば、さすがの勝も壊れたのではないか、と妄想する。限界であれば、些細なストレスでも人を壊すには十分である。その結果、明治維新の様相も変わっていたかもしれない。

現在の大きな組織のトップを勝はどう見るのかと思う。ガバナンスと言う大義名分の元で、一人の凡人が耐えられる以上の情報の集中砲火を浴びせられ、小さな慢心が組織を潰すと恫喝され、微に入り細を穿って書類や数値に深夜まで目を通し、挙げ句は、連日の出張、海外対応、不祥事対応、そして、メディアの攻撃に耐えるのは、実は、勝海舟でも難しいのではないか。

一国の命運を左右する決断の重量は人を押しつぶす。しかし、一つひとつが細かくとも、過剰に多くの仕事を抱え、その責任を取らされる現在の役職圧は、その人間が、真摯で誠実であればあるほど、許容限度を逸脱する。6年間、国立大学病院長の職にいたが、何人かの優秀な関係者が、病むのを目撃した。

勝ならば、「おいら、金輪際、お断り候」と言って、さっさと、氷川に隠遁するのかもしれない。それが、本当の智慧、決断力かもしれない。

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