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人生100年時代の健康への想い[炉辺閑話]

No.4941 (2019年01月05日発行) P.53

北村明彦 (東京都健康長寿医療センター研究所研究部長)

登録日: 2019-01-04

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ついこの前には人生80年時代と言われていたが、最近では90年、そして100年時代到来と言われてきた。もちろん、寿命の延びが続くわが国のことである。人生100年時代では、「健康」というものをどのようにとらえるべきであろうか。

一般的には、病気でないことが「健康」ととらえられがちであるが、高齢になるにつれ何らかの病気を持っていることのほうが当たり前で、その上で人は健康を維持したいと願うのである。ICF(国際生活機能分類)では生命レベル、生活レベル、人生レベルの3つのレベルでの健康が提唱されており、いわゆる「機能的な健康」をいかに保つか、が重要とされる。病気を細胞レベル、組織レベル、身体レベルの障害とみなした場合、病気と機能的健康の低下は相互に影響を及ぼしながら進行していく。問題は、その進行スピードの関係性である。機能的健康が十分保たれているときに病気が一気に進めば、入院を経て死に至り、要介護の期間は少なくなる。病気が慢性的に進めば、治療を継続しつつ、病気のために低下した分を差し引いた機能的健康度のもとでの生活を余儀なくされる。逆に病気のスピードよりも、生活レベル、生命レベルの機能が早く損なわれれば、要介護状態に陥り、それは亡くなるまで続く。

このように考えると、病気の進行と機能的健康の低下が釣り合いながら経過して、どちらも限界となった時点で病床につき、その後短期間で鬼籍に入る、という生き方が理想的なのかもしれない。単に長生きすることを目的とするのではなく、周囲や社会に迷惑をかけずに尊厳を保ちながら最期まで辿り着けることを願って、高齢者の多くは粛々と生きているのではないか。

超高齢社会に突入したわが国では、そうした理想的な老いを追求することが求められるであろう。病気の治療技術の進歩は著しいが、それに釣り合った機能的健康を維持するためのノウハウや、それを支える社会システムを急ピッチで構築していくことが今後の課題と考える。智恵や科学を駆使して、人生100年時代の「健康」を究めることを夢みる。

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