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米国における「患者に真実を伝える」とは[炉辺閑話]

No.4941 (2019年01月05日発行) P.50

吉村博邦 (地域医療振興協会練馬光が丘病院呼吸器外科・顧問)

登録日: 2019-01-03

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今から30年以上も前のことになるが、米国ヒューストンのM.D.アンダーソンがんセンターで気管支鏡検査を担当していたときのことである。

ある朝、レジデントの一人が、「食道癌で放射線治療中の患者が昨夜大喀血をしたので一度気管支鏡で診て欲しい」という。ICUに行くと、中年の患者が浅い呼吸をしながらベッドに横たわっていた。早速、局所麻酔を施し、側視鏡を付けてレジデントにも内腔を観察させながら気管の中を覗いていくと、気管分岐部のやや手前の気管後壁に粗造な盛り上がりを認め、中央付近に小さな凹みがあり血栓が付着している。小声でレジデントに「食道癌が気管後壁に浸潤しており、放射線治療により浸潤部に潰瘍を形成し、そこから出血したものと思われる。今度出血したら多分死ぬだろう」とささやいた。レジデントとはその場で別れたが、このような深刻な病状の場合、米国ではどのように説明するのか知りたいと思い、翌朝そのレジデントを呼びだし尋ねてみた。すると、彼は私の言葉そのままに「気管に浸潤している食道癌に対し放射線治療を行ったところ、浸潤部に潰瘍ができてそこから出血した。今度出血したら死ぬだろう」と伝えたという。

一方、患者は「わかった。今度出血したら死ぬのだな。それじゃそれまでは家内と一緒に過ごさせて欲しい」というので、今、奥さんが傍についている、ということであった。患者に真実を伝えるとはいえ、そこまでいうのか、と驚いたのはいうまでもない。患者も事実を受け入れ、どう対処すべきかを自ら考えるという強靱な精神を持っている。そして次の朝、そのレジデントが「例の食道癌の患者さん、昨夜再喀血をして死んだよ」と、こともなげに教えてくれた。米国では医師は、まさに真実をありのまま伝え、患者も当然のこととしてそれを受け入れる。当時、わが国ではがんの告知すら満足に行われていなかった頃のことである。あまりの違いに複雑な思いにかられた出来事であった。

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