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健康教育について[炉辺閑話]

No.4941 (2019年01月05日発行) P.88

中路重之 (弘前大学大学院医学研究科社会医学講座特任教授)

登録日: 2019-01-06

最終更新日: 2018-12-26

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日本の最短命県青森で健康づくりに関わらせて頂いている。そこでいつも問題になるのが健康教養(ヘルス・リテラシー)と健康教育である。

いくら知識があっても行動変容は起こりづらい。しかし、知識なくしてまともな行動変容は望むべくもない。

私達が学校、特に小・中学校で受けてきた教育とは何ぞや。モチベーションがなくとも九九は覚えさせられ、今でも日常生活で活用している。基本的な知識とはそのようなものであろう。しかし、系統的かつ包括的な健康教育を日本の学校で受けた人は皆無に近い。

教育は、子が一生を生き抜くための術を教え込むものである。何を教え込むかは実は非常に難しいのであろうが、より良い生きがいをつかみ取り、活気ある人生を送るための基盤としての健康の存在は盤石であり、健康教育の必要性は言わずもがなである。

筆者は、「健康教育は現在の道徳」とまで考えている。健康教育の基盤やその先にあるのは、早寝・早起きに始まるより良き生活習慣であり、運動することに伴う人と人の接し方の基本学習である。

文部科学省は、がん教育に舵を切った、筆者はがんに偏らず、より基礎的で系統的な健康教育を望みたい。最終的にはそこを見据えて頂きたい。がんの関係者だけが学校教育で活躍するという図は、健康教育を矮小化する。

基本的知識を得るという意味では、大人においても同様である。なぜならば、今の大人も学校で基本的健康教育を受けてはいないからだ。簡易に学びストーンと納得して頂きたい。

たとえば、糖尿病・高血圧があって、尿蛋白陽性となれば、透析への赤信号である。透析になれば週3回、各々4時間が必要であり、年間医療費も500万円を超す。これらを知識としてイメージできれば、糖尿病の進行例も激減するはずである。大人のエチケットとしての知識とも言える。

人ほど賢い動物はなく、本質的には納得ずくで行動する。健康づくりや健康教育は人間の尊厳を最も尊ぶ所業だと思う。なぜなら、人の最も尊ぶべき頭脳をターゲットとしているからだ。

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