感染症発生動向調査の急性呼吸器感染症(acute respiratory infection:ARI)サーベイランスへの私見を、本連載にこれまで4度書いてきた(No.5284、No.5331、No.5334、No.5338)。この事業の中心は、マルチプレックスPCR検査によるウイルス検出である。これによって、多くのケースで、何種類かのウイルスが同時に検出される。
筆者がそうしたデータを見るとき、いつも頭に浮かぶのは、以前(No.5334)にも取り上げたが、複数の病原体の同時検出で生じる、「それぞれが患者の症状に対してどれだけの意味を成すのか。検出している人間すらわからない」という現場の混乱である。混乱はサーベイランスのみならず、今や病院やクリニックの診療の場に普及しているマルチプレックスの遺伝子検出システムでも、日常的に生じている。臨床検体からウイルス遺伝子が検出されても、その症状を起こす原因となっているウイルスがいったいどれなのか、悩まない人はいないだろう。ベテラン医師がシステムを導入したばかりの先生から、どう考えたらよいかコンサルトされ、答えに窮しているといった話もよく聞く。
どのウイルスが真犯人か? もしかしたら、検出されたウイルスのいずれも犯人ではなく、単なる“お客さん”で症状とは無関係かもしれない。感染については、それぞれのウイルスに関して、古典的には活性ウイルスの分離やペア血清による抗体価上昇の確認が必要である。しかし、それは種々の制約から、検査者にはほぼ不可能である。とっくの昔に感染した痕跡かもしれない。あるいは、人によっては感染しても症状を現さないウイルスかもしれない。用いたマルチプレックスPCR検査の対象外の病原体による症状かもしれないし、症状は感染症とはもともと無関係だったのかもしれない。
たとえば、様々なウイルスと一緒に検出されることの多いライノウイルス(human rhinovirus:HRV)の話をする。ただし、これは他のウイルス、極端な場合には新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスにも一般化できる話である。研究の領域では、無症状の人たちからも、ある割合でHRVが検出されることが示されている。逆に、HRV-PCR陽性者のうち、どれほどの割合が無症候なのかは、検査結果の解釈の上で興味深い。報告によっては、無症状者からHRVが検出される割合が2~30%である一方、HRV-PCR陽性者の65~97%もが無症状だったとするものもある。ただし、この手の研究では、研究対象や無症状の定義の仕方の違いもあってか、結果にブレがある。特に定義は大事である。症状・無症状も英語で言えば、symptomatic、asymptomatic、paucisymptomatic(調べれば何らかの症状はあるものの、本人に鼻かぜの自覚がない)、minimally symptomaticがある。
PCR検査を用いたウイルス疫学では、HRVは何かと顔を出すウイルスである。検出頻度として、一般的な成人2685人中168人(6%)が何らかの呼吸器ウイルス陽性で、うち85人(50%)がHRV陽性との報告もある。以上のことから、遺伝子検査で陽性となっても、必ずしも感染診断上、臨床上、意味を持たないことが、かなりの頻度であることは間違いない。HRVを含む多くのウイルスの遺伝子検出結果は、臨床でもARIサーベイランスでも、意味のある結果とそうでない結果の混在であって、悩ましい限りである。だから、ここでどうしろとは言えないが、PCR検査を指示する人、結果を見る人は、こういったこともあるということをぜひ知っておいてほしいものである。
西村秀一(独立行政法人国立病院機構仙台医療センター臨床研究部前ウイルスセンター長)[急性呼吸器感染症][サーベイランス][PCR検査]