クルーズ船でのハンタウイルス肺症候群の集団感染が注目される中で,日本からアビガンⓇが英国に提供されるというニュースが流れた。そこで,本連載ではアビガンⓇについてまとめてみる。
<連載>
第1回:ハンタウイルス肺症候群対策として,アビガンⓇを英国に提供
第2回:アビガンⓇが新型(鳥)インフルエンザに必要な理由
第3回:自然免疫(innate immunity)の感染限局化時が,抗ウイルス薬の至適投与時期:自然免疫は前駆期を形成し,感染を限局化・軽症化する
第4回:アビガンⓇの生殖毒性:日本での1万7508例と海外での妊婦38例への投与
アビガンⓇは,致死性RNAウイルス感染症に有効である。一方,アビガンⓇは,ラットでは初期胚の致死と催奇性が,マウスとウサギ,サルでは催奇性が認められている1)。
そのため,アビガンⓇは「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」への投与は禁忌である。また,アビガンⓇにはヒトの生殖毒性はないが,成分が精液に移行する可能性があるので,添付文書には「投与期間中及び投与終了後10日間はパートナーと共に極めて有効な避妊法の実施を徹底するよう」と記載されている。
標準的な抗ウイルス薬であったリバビリンの生殖毒性について
リバビリンはアビガンⓇ出現までは,標準的な抗ウイルス薬であった2)。そして,米国では,パラインフルエンザウイルスやインフルエンザウイルス,RSウイルスによる感染症の治療に使われてきた2)~14)。また,C型肝炎に対する治療でも,米国では40万人以上に使われてきた。なお,わが国でも,C型肝炎の治療にリバビリンは長く使われてきた。
リバビリンでは,動物での胚・胎児致死と催奇性に関する研究が行われた。その結果,リバビリンの添付文書には「妊婦,妊娠している可能性のある女性又は授乳中の女性」には禁忌と,また,リバビリンが体内に残存するので,「妊娠する可能性のある女性」は「本剤投与中及び最終投与後9カ月間」の「避妊」と記載されている。また,リバビリンには男性への生殖毒性(精巣毒性や精子の形態異常など)もあるため,「本剤投与中及び最終投与後6カ月間」は「バリア法(コンドーム)を用いて避妊」と記載されている。
アビガンⓇと他の抗ウイルス薬との生殖毒性の比較
アビガンⓇは新型インフルエンザウイルスに対する優れた特性があるが,催奇性を持つことが報道で大きく取り上げられた。そのため,マスコミの方々が筆者のところへ取材に来られた(連載第1回参照)。
通常,薬剤は催奇性の有無を調べられ,催奇性があれば,妊婦には禁忌となる。アビガンⓇは生殖毒性を有するため妊婦には禁忌となっているが,まるでアビガンⓇだけが“毒物”であるかのように評価されていた。
抗ウイルス薬投与による胚・胎児への影響に関する試験の結果
薬剤の催奇性の比較は本来不要であるが,アビガンⓇの製造販売元である富士フイルム富山化学にアビガンⓇと他の抗ウイルス薬(リバビリンとバラシクロビル)との比較をお願いし,医薬品規制調和国際会議(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use:ICH)のガイドラインに則った生殖毒性試験を行った(表1,2)15)16)。初期胚発生では,受精卵から胚盤胞となり着床するまでの抗ウイルス薬投与で,胚発生停止や着床不全などを検知した。胚・胎児発生では,着床以降の抗ウイルス薬投与で,催奇性を検知した。表1,215)16)をふまえると,リバビリンはアビガンⓇよりも,強い生殖毒性を示していると思われる。


線虫での発育停止卵の発生に関する試験の結果
次に,線虫で抗ウイルス薬による生殖毒性を比較した。なお,線虫は体内で精子と卵子を形成して受精し,子孫を生んで,3日で成虫となる。ヒトが実際に服薬した後のCmax濃度になるように各薬剤の濃度を調整し,線虫の卵をその中で1個ずつ培養し,産卵数,孵化率,死亡率を統計学的に比較した(図1)16)。アビガンⓇとアシクロビルの発育停止卵の発生率は同等で,モルヌピラビルやガンシクロビルは有意に高かった16)。

なお,遺伝子毒性や生殖毒性がもともとないアメナメビル(抗ヘルペスウイルス薬)とレテルモビル(サイトメガロウイルス感染症の発症予防薬)とグアノシンでは“薬剤なし”の場合と同じような結果となっており,線虫での試験結果はラットでの生殖毒性試験の結果を反映していた15)。
ちなみに,サリドマイドによる先天異常は遺伝子障害ではなく,手足の形成障害が主因である17)~21)。
◆
以上のように,筆者自身がアビガンⓇの生殖毒性を確認した。抗ウイルス薬の中では“毒物”扱いされているが,ラットでも線虫でも,強度の生殖毒性薬ではないことを確認できた。ただし,動物種によって,それぞれが持つ酵素の基質特異性は異なる。そのため,いずれかの動物種において酵素が取り込んだ薬剤が生殖毒性を示せば,ヒトでの毒性も示唆することとなり,妊娠の可能性のある女性と妊婦に対しては禁忌となる。
アビガンⓇがCOVID-19で使われた結果について
アビガンⓇが生殖毒性を示すことについて,頻繁に注意喚起がされている。妊娠の可能性のある女性と妊婦には禁忌であり,そのパートナーである男性にも注意が喚起された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療としてアビガンⓇは2020年2月から2021年12月までの期間に1万7508人に投与されたが,重篤な副作用はなく,尿酸値の上昇が特異的であった22)。海外ではCOVID-19の治療に,アビガンⓇは承認された国で使用された。
アビガンⓇの生殖毒性の機序
ヒトにはRNA依存性RNA合成酵素(RdRp)は存在しないとされていたので,RdRp阻害薬であるリバビリンやアビガンⓇの生殖毒性の作用機序については推測さえできなかった。
なお,染色体末端のテロメアは,受精卵細胞から細胞分裂をするごとに約100塩基短縮し,テロメアがなくなると,その生物は寿命とされた。酵素テロメラーゼは受精卵から胎児への発達過程において発現し,短縮したテロメアをもとの受精卵のときと同じ長さに回復・伸長し,100年生きられるようにする。
テロメラーゼは逆転写酵素活性に加えてRdRp活性を有していて,そこで合成されたRNAがRNA干渉を起こし,遺伝子発現調節を行うことが示された23)~25)。抗RdRp活性を持つアビガンⓇやリバビリンはRNA合成を阻害して,RNA干渉による遺伝子発現調節を乱すことで,生殖毒性を示すことが示唆された15)16)。受精卵からの成長過程において,どの段階にあるか,また,そのうちのいくつの細胞が遺伝子発現調節に障害を受けたかで,初期胚の致死や先天異常等を起こすと思われる。
生殖毒性を示す抗ウイルス薬の妊婦への投与について
抗ウイルス薬は生殖毒性を示すので,添付文書等では,妊婦への投与を禁忌,または注意事項として記載している。しかし,実際には妊婦にも投与されていたことが判明しているが,これまで抗ウイルス薬による先天異常発生症例について,特に報告されていない。動物種によって薬剤の生殖毒性が異なるように,ヒトの酵素は抗ウイルス薬を間違って取り込みにくいのかもしれない。
アシクロビル等の抗ウイルス薬の妊婦への投与
アシクロビルは動物で生殖毒性が認められたが,妊婦へアシクロビル等を投与した約4000症例(合計)では,服薬していない群と比較して,先天異常の発生率を上昇させていないことが確認されている26)~28)。
リバビリンでは,リバビリン曝露があった妊婦464例が登録され,遡及的に種々検討された。暫定的報告では,ヒトに対する催奇性の明確な兆候は認められないとしている29)。
ガンシクロビルは動物では生殖毒性が確認されているが30),少数の肝移植レシピエントを対象にした限定的な検討では,ヒトでの催奇性は認められていない31)。
アビガンⓇの妊婦への投与
COVID-19流行中,アビガンⓇは承認された国では使用され,また,妊婦にも投与された32)33)。
妊娠中のアビガンⓇ曝露例9例では,自然流産1例,選択的中絶2例,正期産5例であった。早産児1例は生後5日目に死亡した。正期産の2例には生理的黄疸および一過性の呼吸窮迫が認められた。いずれの児にも先天異常は認められず,ErtemらはアビガンⓇが主要催奇性物質である可能性は低い,としている32)。
また,妊娠中のアビガンⓇ曝露例29例では,5例は選択的中絶となり,24例は出生時の体重,身長,頭囲が正常範囲内であり,重大な先天異常のない児を出産した。3例は早産であり,1例に卵円孔開存が認められた。Tirmikçioğluは,アビガンⓇが主要催奇性物質である可能性は低い,としている33)。
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アビガンⓇはCOVID-19治療薬として,日本では2020年2月から2021年12月までの期間に1万7508人に投与された。また,海外でも一般的に投与され,安全性が確認された。
アビガンⓇ,リバビリン,モルヌピラビルを含む生殖毒性を有する抗ウイルス薬は妊婦に禁忌である。その中でもアビガンⓇは“毒物”扱いされているようだが,アビガンⓇだけが特に妊婦への投与を制限しなければならないようなデータは見当たらない。
アビガンⓇは,エボラ出血熱や狂犬病,ハンタウイルス肺症候群などの致死性RNAウイルス感染症に対して効果を発揮し,また,海外からも求められる,日本が誇る薬だと思う。「アビガンⓇのどの資料を根拠として,一般の方々の投与を制限しているのか?」という問い合わせを受けるが,筆者にはわからない。海外で使う方にもわかる説明が必要だと思う。
【文献】
1) 富士フイルム富山化学:アビガンⓇ錠の催奇形性の可能性について. 2018.
https://asset-hc.fujifilm.com/hc/fftc/files/2021-02/77812bb6c5b317d32e1a5da420a79ae6/abigan_description_01.pdf
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https://www.pmda.go.jp/files/000210319.pdf