GIP/GLP-1受容体作動薬(GIP/GLP-1RA)とGLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)の心血管系(CV)イベント抑制作用を比較したらどうなるか―。注目を集めたランダム化比較試験(RCT)"SURPASS-CVOT"の主要結果は、本年の欧州糖尿病学会(EASD)で報告されている[リンク参照]。
加えて、11月7日から米国・ニューオーリンズで開催された米国心臓協会(AHA)学術集会でも、興味深い事前設定追加解析が報告された。GIP/GLP-1RAにはGLP-1RAに比べ、心不全(HF)例の生存を改善する可能性があるかもしれない。報告したのはモナシュ大学(豪州)のStephen J. Nicholls氏である。
【背景】(既報)
SURPASS-CVOT試験の対象は、血管系疾患をすでに有し、「BMI≧25kg/m2」だった2型DMの1万3165例である。GIP/GLP-1RA(チルゼパチド)群とGLP-1RA(デュラグルチド)群にランダム化され、二重盲検法で4年間(中央値)観察された。
その結果、「体重」「HbA1c」はGIP/GLP-1RA群で著明に改善されていたにもかかわらず、1次評価項目である「CV死亡・心筋梗塞・脳卒中」発生リスクに、両群間で有意差はなかった(デュラグルチドに対するチルゼパチドの「非劣性」は確認)。
【方法と対象】
今回の追加解析では、事前に層別化された「登録時HF診断歴の有無」で2群に分け、チルゼパチドとデュラグルチドが比較された。HF群(2678例)の平均年齢は65歳、女性が30%弱を占めた。心保護薬は十分に処方されており、85%弱がレニン・アンジオテンシン系阻害薬、80%弱がβ遮断薬、約30%がSGLT2阻害薬、そして25%弱がミネラルコルチコイド受容体拮抗薬を服用していた。
【結果】
その結果、事前設定2次評価項目の1つである「CV死亡・HF入院/救急受診」は、HF診断歴の有無を問わず、チルゼパチド群で低下傾向を示したものの、有意差には至らなかった。対デュラグルチド群ハザード比(HR)は、HF例で0.85、非HF例で0.96である。「CV死亡」と「HF入院/救急受診」を分けて比較しても同様で、両群間に有意差はなかった。
一方「全死亡」であれば、チルゼパチド群で有意なリスク低下を認めた。すなわち、HF例における対デュラグルチド群HRは0.80(95%CI:0.65~0.97)、非HF例でも0.86(0.75~0.99)である(交互作用P値=0.50)。
HF例におけるカプランマイヤー曲線は、試験開始後およそ40週間目から乖離を始め、その差は約100週間後まで開き続けた。なお全例を対象とした解析から、チルゼパチド群における「全死亡」減少は「感染症死亡」の減少によるところが大きいことが明らかになっている。
【考察】
本解析の限界は、HFの内訳が不明という点だとNicholls氏は指摘する(左室駆出率や類型の分布は不明)。しかし指定討論者であるグラスゴー大学(英国)のJohn McMurray氏は、本解析HF例の全死亡に占めるCV死亡の割合が60%超だったことから、左室収縮力の維持された「HFpEF」が多かったのではないかと考察する(収縮力低下HR[HFrEF]ならばCV死亡がもっと多いはず、というのがその理由)。
HFpEFの死亡率を減少させたRCTはいまだ存在しない。そう考えると、チルゼパチド群におけるこの「全死亡」リスクの有意減少は興味深い(ただし肥満HFpEF[±DM]731例でチルゼパチドとプラセボを104週間(中央値)比較したRCT"SUMMIT"では、チルゼパチド群における「全死亡」HRは1.25[有意差なし])[NEJM. 2025]。
ちなみに、「HFrEF」例を対象に、GLP-1RAによるCV予後改善を検討したRCTは存在しない。つまりHFrEFに対するGLP-1RAの有用性は未知である[Eur Heart J. 2025]。複数のエビデンスがあるSGLT2阻害薬とは対照的だ。
そのためGIP/GLP-1RA・GLP-1RAのいずれも、HFrEF・HFpEFでのCV転帰改善作用を検討する、大規模かつ十分な観察期間を持ったRCTが待たれる。
SURPASS-CVOT試験は、Eli Lilly and Companyから資金提供を受けて実施された。