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iPS細胞研究、再生医療と創薬が前進―山中氏が講演

No.4909 (2018年05月26日発行)

登録日: 2018-05-17

最終更新日: 2018-05-28

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ヒトの皮膚などの体細胞に初期化因子を導入して作製するiPS細胞(人工多能性幹細胞)の発明で2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京大iPS細胞研究所(CiRA)の山中伸弥所長が14日に都内で講演し、iPS細胞研究の現状と医療応用に向けた取り組みについて語った。

講演の冒頭、山中氏は父親を30年前に肝不全で亡くしたことに言及。当時は原因不明だったが、1989年にC型肝炎ウイルスが同定され、25年後の2014年にC型肝炎治療薬「ハーボニー」が発売されたことについて「今なら父は死なずに済んだ。これは研究が病気を克服した成功例だ」と評価した。一方で、この事例について「医学研究が抱える2つの大きな問題がある」と指摘。治療薬開発まで25年間かかったことや、ハーボニー錠は1錠5万5000円と高価格であることを問題視し、「研究者は時間とコストとも戦う必要がある」との認識を示した。

■iPS細胞の医療応用は「再生医療」と「創薬」

iPS細胞の医療応用の方法については「再生医療」と「創薬」の2つあると説明した。 再生医療については、2014年から加齢黄斑変性に対してiPS細胞から作った網膜の細胞を移植する臨床研究が開始し、昨年、1例目の経過を発表したことを紹介した(Mandai M ,et al:N Engl J Med. 2017;376(11):1038-46.)。

山中氏は1例目について「良好な経過を辿った」とする一方で、時間とコストという「重要な課題が見えた」との認識を改めて提示。1例目は自家移植だったが、自家移植の場合には、患者の細胞採取から移植までに半年から1年間かかると明かし、「その間に患者さんの状態が変わり、手術適応ではなくなることもある」と指摘した。また、コストもゲノムの品質評価だけで数千万円に上ったため、「何千人の患者さんに対する一般的な治療法としては問題があった」と振り返った。

■加齢黄斑変性への他家移植を5例実施

これらの問題の解決策として山中氏は、CiRAで「再生医療用iPS細胞ストック」を構築したことを紹介した。同ストックは、日本赤十字社、さい帯血バンクの協力を得て、「HLAホモドナー」(用語解説)からあらかじめiPS細胞を作製する仕組み。現在、日本人のHLA型第1~3位のiPS細胞を提供しており、これは日本人の32%、約4000万人をカバーすることになるという。山中氏は、現在、4~5位のHLA型を作製中であり、今後2~3年で第6位以下、14種類のHLA型のストックが可能であるとし、「日本人の54%、6000万人以上をカバーできることになる」との展望を披露した。

さらに昨年、同ストックを用いてiPS細胞から網膜を作り、加齢黄斑変性の患者5人に他家移植を実施したことを説明。2年程度経過観察する予定であるとした。山中氏は「この5例から学んだことは、免疫抑制剤の投与が眼球内の局所で済んだこと。HLA型を合わせることに一定の意義があった」と評価した。

このほか、パーキンソン病に対する治験の準備を進めていることを紹介するとともに、洗浄血小板製剤パックの製造に向けても「早い段階で治験に入れるのではないか」との見通しを示した。

■患者由来iPS細胞を231疾患樹立、難病の治験も実施

創薬については、患者由来iPS細胞を作製して病状を再現することで、創薬の研究基盤となっていることが説明された。4月時点で、231疾患の患者由来iPS細胞が樹立されており、指定難病に限っても155疾患に上る。

その1つである希少難病の進行性骨化性線維異形成症(FOP)は、筋肉や腱・靭帯内に骨ができる病気で、国内に約80名の患者がいる。

山中氏は、FOP患者由来のiPS細胞を用いた研究で薬の候補となる有効な化合物(ラパマイシン)がみつかり、昨年9月に治験が開始したことを説明するとともに、8年前に出会ったFOPの少年との思い出を述懐した。頬に骨があるため口が開きにくく流動食を摂っているという少年は、自分が生きている間に治療薬が開発されることはないと覚悟しながらも、山中氏など研究者に対して、未来の患者のために「1日でも早く治療薬を開発してほしい」と伝えているのだという。そうしたエピソードを紹介した上で山中氏は、治験の結果について「祈るような気持で待っている」と吐露した。

■ALSの治療薬研究に期待

創薬についてはこのほか、CiRAと武田薬品工業の共同研究プログラム「T-CiRA」の取り組みを紹介した。ここでは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬の開発を行っており、31人のALS患者からiPS細胞を作製した後に運動神経を作製し、既存薬、近く承認予定の治療薬を試すほかに、多数の化合物で治療薬を探索した。その結果について、「30以上の化合物が承認予定の治療薬よりも運動死を抑える効果がありそうだ」と述べ、「近い将来、ALSの治療薬を複数出せるのではないか」と研究の進展に期待を示した。

またT-CiRAでは、心不全、心筋症治療の再生医療と創薬に取り組んでおり、再生医療では、iPS細胞由来心筋の成熟を促進する化合物を探索していることを明らかにした。

講演は、東京医歯大「創生医学コンソーシアム」キックオフシンポの特別プログラムとして行われた。

【HLAホモドナー】:父親と母親から同じHLA型を受け継いでいるドナーのこと。HLAはヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen)の略で、細胞の自他を区別する型。HLAの型は非常に多様で、自分と完全に一致するHLA型の人を見つけるのは、数百~数万人に1人の確率といわれる。父親と母親から同じHLA型を受け継いだ場合、A1A1であればA1A2の人やA1A3の人に移植しても拒絶反応が起こりにくいと考えられる。

「iPS細胞の研究はまだまだ課題が多いが、オールジャパンで取り組みたい」と話す山中氏

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