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老年病学[特集:臨床医学の展望2014]

No.4685 (2014年02月08日発行) P.44

鳥羽研二 (国立長寿医療研究センター病院長)

登録日: 2014-02-08

最終更新日: 2017-09-20

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超高齢社会のインパクト

なぜかまったく報道されていないが,外来患者の半数が高齢者となり,入院患者は半数が75歳以上になった。超高齢社会のインパクトは他の社会システムに先んじて医療界に到達した。これは平均5疾患,8つの症状(老年症候群)を持つ患者が入院してくることを意味している。一方,7対1看護の病院が増え,大学病院など大病院では入院日数は14日を切ってきている。これらを2週間以内に専門各科で分担協力して診療(他科受診)することは容易でなく,退院後の受け皿は,老年病科などの総合診療科がない場合は,地域の診療所の連携に委ねられる。いま再び「かかりつけ医」の重要性が議論されるべきであろう。

認知症とその予備軍の合計が800万人以上との報道に,専門家以外は驚愕したであろう。救急搬送される高齢者の1/3が認知症で,待機的手術では認知症ということで手術適応がないとした場合でも,救急手術は断れない。終末期の症状への理解が不十分なため,救急搬送されるケースは激増し,胃瘻の年間件数も増加し,そのうち認知症の占める割合は予想をはるかに超える高率となっている。

認知症がなくても全身の予備能が低下し,ストレスによって寝たきりになりやすい状態(フレイル,frail syndrome)が増加している。これは75歳以上の特徴であり,特に人為的なストレスである手術後の予後に大きく影響することから,内外の外科の学会で取り上げられ,論文も急増している。同様の観点で,術後安静による筋肉減少症(サルコペニア)も術後の生活機能(パフォーマンスステイタス)に影響することから,トピックとなっている。

病院が急性期医療に特化していく中,亜急性期から慢性期の病床は特に大都市圏では逼迫しており,在宅医療が受け皿になれるかが問われている。

在宅医療連携拠点のモデル事業は2012年に105カ所が応募し,点から面への全国展開が試された。在宅療養支援診療所がリードする時代から,地区医師会と自治体が主体的に在宅医療の量的・質的拡充を図ることが望まれ,2013年度は地方へ財源が移動し,市町村単位の「在宅医療推進会議」がデザインを描いて,「地域包括ケア」という介護との連携も図りながら,慢性期患者の在宅医療福祉を支える時代の元年となった。体制は未だ不十分であり,「治す医療から治し支える医療へ」の医療関係者の意識転換が求められている。支えるのは,疾患に関連する生活機能障害であり,「高齢者総合的機能評価」の真価は,ようやくこれから発揮されるであろう。

2006年,米国老年医学会理事のRebecca D Elonは,「米国の医療は,過度の商業化された価値観によって,本来あるべき魂が奪われてきた。老年科医を自ら名乗る者が,医師の利益のためではなく,患者,家族,ひいては社会のために有益であるという理念を分かりやすい言葉に置き換え,不屈の精神で在るべき魂を取り戻すべく蛮勇を振るって身を捧げることを夢見ている」と,米国病院長会雑誌で述べている。老年病に関わる医療関係者は,この言葉の重さをかみしめるべきであろう。

最も注目されるTOPICとその臨床的意義
TOPIC 1/認知症高齢者が462万人
厚生労働省長寿科学研究(班長:朝田 隆・筑波大学教授)による全国7地域の有病率調査で,高齢者の認知症罹患率は15%,462万人に上ることが判明した。専門診療科だけでなく,小児科を除くすべての診療科にとって,認知症を有する患者の診療が課題となる時代が到来した。

この1年間の主なTOPICS
1 ‌認知症高齢者が462万人
2 ‌外来患者平均年齢が65歳,入院患者平均年齢が 75歳
3 フレイルが診療各科の課題に
4 在宅医療の全国展開
5 終末期医療と胃瘻

TOPIC 1▶‌認知症高齢者が462万人

1970年の厚生省による最初の統計で認知症は56万人であった。2000年以降は介護保険における認知症で生活に支障がある数の統計が「認知症患者数」として一般に理解されてきた。2010年の推計210万人が2013年には約300万人に急増したことで新聞を賑わしたが,6月には,厚生労働省(以下,厚労省)長寿科学研究(朝田班)において認知症高齢者の心理検査を含む厳密な調査が行われ,高齢者の15%,462万人が認知症に罹患していることが明らかになった1)。軽度認知障害(mild cognitive impairment;MCI)も14%,400万人に上ることが明らかになり,また年齢による有病率は85歳で1/3以上,95歳では8割以上に上り,超高齢社会で長生きすれば誰でも認知症になるリスクのあることが分かった。厚労省はこれに対応してオレンジプランを整備してきている。以下に認知症に関するトピックを示す。

①未診断,介護保険未利用で家族が苦慮している対象に対する認知症初期集中支援チームでは,粟田らの簡易スクリーニング方法(DASC20)が採用され,ケアプランテキストを整備した上で,2014年度からモデル事業が開始される。

②身体合併症の入院対応で少なくとも5%以上の救急医療機関が,認知症のため入院を断っている実態が明らかになった(長寿医療研究,武田班)。これを改善するため,一般病院の医師・看護師向けの標準講習テキストが開発された。
海外でも「認知症患者を見つける看護師の直感」を客観的な判断指標として作成されたNurses’ Observation Scale for Cognitive Abilities(NOSCA)が開発された2)

③認知症疾患医療センターは190カ所に増加したが,800万人をカバーするには大幅に不足している。もの忘れ外来や専門医の外来で,入院機能を持たなくてもBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)対応や連携などの機能を持つ,いわゆる「身近型認知症疾患医療センター」の医師の機能評価を行ったところ,認知症サポート医師より優れた機能を果たしている実態が明らかになった(長寿医療研究,武田班)。

④気楽に相談し,悩みを共有する仕組みとして,杏林大学や国立長寿医療研究センターの家族教室が活動し,介護負担の軽減を報告している3)。これを受け,厚労省は認知症カフェ(オレンジカフェ)を自治体が助成する仕組みを2013年から始めた。予算化の都合上,2014年度からの展開が期待される。

⑤認知症予防で,認知機能の「予備能」が引き続き話題になっている。子どもの時と高齢になってからの知的活動度が高い場合,晩年の認知機能低下が遅いという後方視的縦断病理研究がなされた。年齢,性,老人斑,原線維変化,ラクナ梗塞,レビー小体で補正した貴重な結果である4)。同一程度の病理的背景だけでアルツハイマーは必ずしも発生しないことから,「予備能」を高め維持することで,発症を遅らせることが大切であろう。

⑥認知症の短期集中リハビリテーションに高い効果(中核症状とBPSD)があることを報告したが5),この理由に個人の特性,個人史を活かしたテーラーメイド医療を指摘した。この後,アドヒアランスを視点とした個別運動療法について,反応性の個人差,運動量,変化に富んだ内容,他種類の運動の準備など6),認知症短期集中リハビリテーションの原則,成功理論が脚光を浴びてきている。

◉文 献

1) 朝田 隆:臨神経. 2012;52(11):962-4.

2) Persoon A, et al:ISRN Nurs. 2011;2011: 895082.

3) 鳥羽研二:長寿科学研究報告書「認知症の包括的ケア提供体制の確立に関する研究」. 平成25年.

4) Wilson RS, et al:Neurology. 2013;81(4): 314-21.

5) Toba K, et al:Geriatr Gerontol Int. 2013; doi:10.1111/ggi.12080. [Epub ahead of print]

6) Buford TW, et al:Sports Med. 2013;43 (3):157-65.

TOPIC 2▶外来患者平均年齢が65歳,入院患者平均年齢が75歳

2013年は外来患者の半数が高齢者,入院患者の半数が後期高齢者になった歴史的な年である。今後15年間に増加するのは75歳以上だけで,著増するのは85歳以上であることから,10年以内に入院高齢者の平均年齢は80歳になるであろう。しかし,高齢者に適した医療に関する取り組みは遅い。大学病院において未だに臓器別の診療体系が優先され,老年病の講座や診療科がないのが「高齢者医療への低い理解」を象徴している。

「やっと」入院患者の35%が高齢者になったカナダでは,高齢入院患者の1/3で入院期間中にADLが低下する現状に鑑み,高齢者が満足する要素を満たした急性期医療を行う病院へのパラダイム・シフトを提唱した。それは従来のバリアフリーといったものではなく,年齢差別をなくした生活機能の総合的な評価,地域に円滑に戻れる退院支援の強化を謳っている1)。高齢入院患者では,退院後の予測因子として,IADL(instrumental activity of daily living), 歩行とバランス能力を測るTinettiスコア,MMSE(mini-mental state examination)が有用で,退院6カ月後の死亡率は女性が1/3以下で,性差のみが唯一の決定因子であったという報告は興味深い2)

高齢者では多疾患,多愁訴(老年症候群)が特徴で,投薬数も増える。薬剤の優先順位をつける上でEBMを高齢者処方にいかに利用するかについては,Beers listなど高齢者への不適切処方は教育だけでは不十分で,コンピュータによる支援システムが有効とする3)一方,ADLへの影響や心理的な効果や負担についてはほとんどエビデンスがなく,今後の高齢者薬物療法の課題である。

◉文 献

1) Huang AR, et al:Can Geriatr J. 2011;14 (4):100-3.

2) Dagani J, et al:Aging Clin Exp Res. 2013; 25(6):691-701.

3) Topinková E, et al:Drugs Aging. 2012; 29(6):477-94.

TOPIC 3▶フレイルが診療各科の課題に

フレイルは,体重減少,歩行速度減少,筋力低下があり,活動性,こころの元気さ,社会との交流が減少することで定義される,運動系と精神神経系の全身的な虚弱を表現する言葉である。加齢性筋肉減少症はその中核にある。ロコモ(locomotive syndrome)は我が国で生み出された概念で,関節系を含めた運動器機能を総称する。

フレイルは,要介護や施設入所の危険因子であることは分かっていたが,世界的に激増し,フランスでは国策として予防的観点からプリフレイルセンターが開設された。外科でもフレイルが問題となり,189名の中高年の術後合併症頻度調査では,フレイルの患者では約2倍合併症が多かった(95%CI;1.05~4.08,P=0.036)。防御因子は術前のHbが高いことだけだった1)。フレイルの要素に低栄養やうつなど手術予後に影響する多因子が包含されていることにより,従来の予後因子が交絡的に優位性を失っているのであろう。逆の観点では,フレイルの評価のみで合併症を高い頻度で予測できることになる。救急現場でも虚弱が増加している。従来ADL低下,認知機能低下,BMI低値などが救急予後悪化因子として知られていたが,これらはフレイルのサロゲートマーカーでもある。救急後のICU利用はフレイルでは頻度が高いことが判明し,今後フレイルをチェックする有用性が示唆されている2)。日本老年医学会でもフレイルの委員会が発足し,全国的な研究の展開や支援が広がっていくことが期待される。

◉文 献

1)Revenig LM, et al:J Am Coll Surg. 2013; 217(4):665-70.

2)Bagshaw SM, et al:Curr Opin Crit Care. 2013;19(5):496-503.


TOPIC 4▶在宅医療の全国展開

国立長寿医療研究センターから在宅医療の提言がなされてから2年が経過した。 この間,10カ所の在宅医療連携拠点モデル事業は,2012年度には105カ所に増えた。研修教材としてDVDテキストを揃え,日本医師会,東大,全国在宅療養支援診療所連絡会など各種団体から,講師を迎えて拠点研修事業を行った。98カ所の拠点に対して実地ヒアリング調査,拠点からの面展開へのアドバイスを実施した。年度末には機能評価を行い,大部分の拠点が改善した。拠点リーダー研修,都道府県リーダー研修,拠点訪問指導,電話相談などが有効に働き,前後比較評価も向上のモチベーションに資したと推測される1)。2013年度は地方自治体の補助事業に財源が移行し,拠点数は倍増,地区医師会が本格的に取り組み始め,在宅医療の裾野は格段に広がった。地区によっては在宅専門医と医師会の連携に課題が多く,また,高齢者専用賃貸住宅やサービス付き高齢者住宅では,患者の囲い込みや紹介料を取る業者など,在宅医療の影の部分もクローズアップされた。長らく福祉大国と言われたスウェーデンでは,高齢者医療は急性期医療,救急に特化し,在宅医療は「肺炎でも経口抗菌薬」と言われるほど劣化している(ウプサラ大学グンナーアクナー教授特別講演)。

世界に類のない在宅医療の展開には,今後家族の介護負担という「限界因子」を視野に入れた,バックアップベッド整備を含む地域で支える体制の整備が急務である。一方,多職種協働にiPadなどを用いた共通連絡システム(在宅共用電子カルテ)が急速に普及し,時間と空間がネックであった在宅医療の欠点の一部が解消されつつある。

2013年度の在宅医療推進フォーラムでは,日本歯科医師会から在宅口腔ケア普及の拡大,日本看護協会から訪問看護師の大幅な育成増,日本薬剤師会から在宅薬剤指導の展開など意欲的かつ建設的な提言があり,厚労省の次期健康保険法改正に論点として盛られることになった。

◉文 献

1)大蔵 暢:日在宅医会誌. 2012;14(1):25-6.

TOPIC 5▶終末期医療と胃瘻

2012年,日本老年医学会から終末期医療の立場表明の改訂版が出され,終末期の人工栄養の意思決定プロセスについて,東大の死生学と老年医学会の委員が合同して冊子を発行した。医療関係者,医療機関で多職種による人工栄養決定のカンファランス,家族との相談が着実に増えている印象はある。

一方,国立長寿医療研究センターの在宅医療研究の一環として池上らが行った胃瘻の全国調査では,1年間に胃瘻を造設される患者数は17万2043~19万8438人,院外から紹介された患者のうちで認知症と思われたのは77%,入院中に胃瘻が必要となった患者のうちで認知症と思われたのは64%と推定された。また,院外から紹介され胃瘻造設された患者のうちで胃瘻を抜去して経口摂取に戻れると見込まれたのは8%であり,入院中に胃瘻が必要となった患者のうちで胃瘻を抜去して経口摂取に戻れると見込まれたのは13%にとどまった1)。このデータは,年間20万にも上る新規の胃瘻が作成され,そのうち少なくとも15万人以上は認知症であるという衝撃的な数値である。

終末期医療の提供に当たっては,医療者らが抱えている課題を明らかにするとともに,今後,患者本人の意思を尊重した医療提供体制の構築を急性期病院でどう活かすかが緊急かつ重い課題である。

◉文 献

1)厚生労働省地域医療基盤開発推進研究:在宅拠点の質の向上のための介入に資する,活動性の客観的評価に関する研究(班長:大島伸一). 2012.

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