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睡眠薬Q&A[特集:眠れない患者に対応する]

No.4731 (2014年12月27日発行) P.59

小池茂文 (豊橋メイツ睡眠障害治療クリニック院長)

登録日: 2016-09-01

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BZ系睡眠導入薬でせん妄や一過性前向性健忘が起きることがあるが,認知症との関連は?

(1)せん妄と一過性前向性健忘

BZ系の睡眠導入薬では,添付文書の重大な副作用の項目にせん妄と一過性前向性健忘の記載がある。非BZ系睡眠導入薬であるゾピクロン,エスゾピクロン,ゾルピデム,ブロチゾラム,エチゾラムにおいても,添付文書の重大な副作用項目には,せん妄と一過性前向性健忘の記載がある。保険適用薬のうち,現時点でせん妄や一過性前向性健忘が副作用欄に記載のない睡眠導入薬は,メラトニン受容体作動薬であるラメルテオンだけである。
健忘症は認知症と異なり,一時的な物忘れの状態である。心因性,外傷性,薬剤性,症候性,認知症などで起こる。睡眠導入薬の服用による一過性健忘は服薬後から寝る前まで,あるいは夜間覚醒時のできごとを覚えていない現象である。
一方,認知症では診断基準1)に示される通り,健忘以外に失語,失行,失認,遂行機能障害のいずれかの合併が起こる。また,社会的あるいは職業的機能の著しい障害が起こり,病前の機能水準から著しく低下する。さらに,これらの症状が一般身体疾患の直接的な結果であるという証拠が必要とされている。睡眠導入薬を使用した場合に一時的に起こる認知機能の低下は休薬することで多くは回復するが,半年経過後であっても一部認知機能は回復しないことが報告されている。

(2)認知症の発症リスク

睡眠導入薬を長期使用した場合に認知症を起こすかどうかについては,意見がわかれている。睡眠導入薬を使用しても認知症の発症リスクは変わらないという報告も多い2)3)が,認知症の発症リスクが高くなるという報告4)5)もいくつかある。睡眠導入薬の長時間型や服用量が多い場合に認知症の発症リスクが高まるという報告もある。
睡眠導入薬の使用に際しては作用時間を考慮し,必要最低限の使用にとどめ,できるだけ併用を避けることが認知症発症を避けるためにも重要である。

●文献
1) 日本神経学会, 監, 「認知症疾患治療ガイドライン」作成合同委員会, 編:認知症疾患治療ガイドライン2010. 医学書院, 2010, p1-23.
2) Fastbom J, et al:Alzheimer Dis Assoc Disord. 1998;12(1):14-7.
3) Allard J, et al:Int J Geriatr Psychiatry. 2003;18(10):874-8.
4) Gallacher J, et al:J Epidemiol Community Health. 2012;66(10):869-73.
5) Billioti de Gage S, et al:BMJ. 2012;345:e6231.

服薬コンプライアンスを高めるには?

(1)使用に消極的になる理由

睡眠導入薬の使用におけるコンプライアンスを高めるためには,睡眠導入薬に対するマイナスイメージを取り除くこと,不眠症を改善することの重要性を正しく理解することが肝要である。不眠症の患者が持っている睡眠導入薬に対する漠然とした不安,服用に対する罪悪感,服用により認知症などが起こりやすいという誤解,睡眠導入薬よりも飲酒のほうが効果的であるという間違った知識などが,睡眠導入薬の使用に消極的になる理由である。
確かにBZ系の睡眠導入薬使用では一過性前向性健忘やせん妄などのリスクがあるが,長期使用や他剤併用などを避け,適正使用に心掛ければリスクはかなり減らせる。事実,これらの副作用の頻度はいずれも1%以下である。
一方,睡眠導入薬を必要とする不眠症を放置した場合のリスクは,前記のデメリットに比較してはるかに大きいものと考えられる。睡眠不足は,高血圧,糖尿病,免疫力低下,肥満や記憶力低下などのリスクになるだけでなく,うつ病のリスクや居眠り運転のリスクにもなる。

(2)適正に使用し長期使用を避ける

以上を考慮し,睡眠導入薬の適正使用に心掛け,長期使用を避けるように配慮すれば,眠りにつくために飲酒するよりは,はるかに安全である。
患者に対しては,十分な睡眠をとるための睡眠衛生に対する正しい知識の習得,患者教育を行うことが重要である。
睡眠衛生を含めた睡眠や睡眠導入薬に対する正しい知識の習得が,結果として服薬コンプライアンスに寄与する。

●参考文献
粥川裕平:日本医事新報. 2012;4615:60-1

高齢者に投与したところ夜間にふらついて転倒したが,どうすればよいか?

(1)転倒時は他剤への変更が原則

中枢神経系の神経伝達物質のひとつに抑制アミノ酸としてγ-アミノ酪酸(γ-amino-butyric acid:GABA)がある。GABAにはイオンチャネル型のA受容体(GABAa),C受容体(GABAc)と,G蛋白結合型のB受容体(GABAb)がある。GABAa/cにはバルビツール酸系,ベンゾジアゼピン系,糖質コルチコイド系,ペニシリン系,フロセミド系,フルマゼニル系などの結合部位がある1)2)。睡眠導入薬は,GABAa受容体(γ-アミノ酪酸)のベンゾジアゼピン結合部位(ω受容体)に働きGABA神経の作用を増強する。ω受容体は,作用機序により睡眠鎮静作用に関与するω1受容体,抗痙攣・抗不安・筋弛緩作用に関与するω2受容体,末梢性のω3にわけられている1)2)。睡眠導入薬の多くはω受容体の選択性がないが,最近の非BZ系の睡眠導入薬もGABAa受容体に働くが,ω1選択性があり,睡眠鎮静作用を主としている1)2)。しかしω2受容体にも作用するため,呼吸抑制やふらつきなどの副作用が起こる可能性がある。
転倒が起こった場合は,該当薬を中止し他剤に変更することを原則とする。該当薬を中止できず,継続が必要な場合には該当薬を減量する。

(2)薬剤選択の基準

第一選択としてω1選択性のある薬剤を勧める。第二選択としては,不眠症のタイプと薬剤の半減期を考慮して使用薬剤を選択する。ロンベルグ試験にみられるように,高齢では閉眼での平衡機能が低下している。夜間の暗い部屋や廊下の歩行は閉眼時と同様に,バランス感覚が低下しやすいことに加えて薬剤による影響も重なる。そのため,夜間のトイレ起床時には,電気をつけて歩行することを原則とする。

●文献
1) 石郷岡 純:睡眠学. 日本睡眠学会, 編. 朝倉書店, 2009, p103-7.
2) 井上雄一:睡眠学. 日本睡眠学会, 編. 朝倉書店, 2009, p657-62.

アルコール常飲者への処方はどうすべきか?

(1)アルコール常飲者には投薬しない

アルコール常飲者への睡眠導入薬の投薬は,原則として行わない。夕飯時の少量の晩酌程度であっても容認できない可能性がある。一般に,アルコールの分解速度は0.07g~0.1g/kg/時間と言われており,缶ビール(350mL)であれば体重70kgで約3時間,50kgであれば約4時間の代謝時間がかかることになる。そのため,飲酒量が多くなれば,晩酌であっても睡眠導入薬の併用は禁忌と考えられる。また少量のアルコールであっても,利尿作用によるトイレ起床での覚醒や,アルコール分解物の刺激による睡眠の浅眠化が起こる。常飲者であればアルコールの影響による睡眠障害について理解を求め,飲酒を中止し,睡眠衛生の改善に努める。飲酒が中止できれば,それだけで睡眠障害が軽減する可能性もある。また,睡眠障害が残存しても禁酒できていれば睡眠導入薬による治療が追加できる。

(2)飲酒によるリスク

飲酒後に睡眠導入薬を服用すると一過性前向性健忘のリスクが高まるという報告がある。いったん出現すると再発の可能性が高まるので,処方は中止すべきである。
飲酒後に睡眠導入剤を服用すると,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)が悪化するという報告がある。軽症〜中等度の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea syndrome:OSAS)に対する睡眠導入薬の投与は,無呼吸を悪化させず睡眠を改善する効果が報告されている。しかし,重症のOSASに対してはリスクが高まる可能性が指摘されている。一方,ラメルテオンは重症のOSASに対しても症状を悪化させないことが報告されている。
飲酒後に睡眠導入薬を服用すると,死亡リスクが高まるという報告がある。非BZ系睡眠導入薬であっても大量使用やアルコールとの併用により呼吸抑制が起こる可能性が指摘されており,肺疾患や睡眠呼吸障害がある場合にはハイリスクとなる。

▶参考文献
睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン(2014年7⽉22⽇更新). [http://www.jssr.jp/data/pdf/suiminyaku-guideline.pdf]

仕事で運転する人への処方の注意点は?

(1)服薬規制はそれぞれ異なる

公共交通機関の運転手(鉄道,パイロット,船,バス)に対する睡眠導入薬の服薬規制は,会社規模・職種(鉄道系・道路系)によって,会社ごとに異なっている。対策の進んでいる会社と遅れている会社,産業医がいる大企業と産業医がいない中小企業と幅がある。
鉄道系の運転手の場合は,多くは何らかの規制があり,大手鉄道では睡眠導入薬の服用自体が完全に禁止されており,服用期間中は鉄道運転ができない。道路系の公共交通機関での運転規制は個々の会社の判断による。一方,トラック運転手や業務での運転の場合には,ほとんどが制限されていない。
睡眠導入薬を投与した場合には,薬剤効果による眠気と翌日の残遺眠気(持ち越し効果)の問題がある。業務中の運転規制は産業医に判断を委ねることができるが,産業医のいない場合には投薬主治医が産業医に代わって責任ある判断をしなければならない。薬剤の作用時間を考慮し,日中の眠気の少ないものに変更する必要がある。夜間中途覚醒時の追加服用は禁止指導が必要である。改正道路交通法では,睡眠導入薬を使用し眠気がある状態で運転をした場合には,危険運転(多剤使用,過量使用の場合)となる場合がある。時間経過後であっても持ち越しによる眠気がある場合には薬剤の中止変更が必要になる。

(2)事故時の医療者の責任

運転中の眠気があるにもかかわらず薬剤を漫然と投与している場合や,薬剤の変更をせず運転規制をしていない場合には,事故時に医療者の責任が発生する可能性が残る。適切な指導(眠気時の運転制限など)と適切な投薬(過剰服薬の禁止指示など)がある場合は医師の刑事的な責任は発生しないと言われているが,民事的な賠償責任の問題は今後,起こり得る懸念がある。

睡眠改善薬とはどのようなものか?
その問題点は?

(1)睡眠改善薬の概要

睡眠改善薬とは,本来の薬の作用ではなくかぜ薬などに使用されてきた抗ヒスタミン薬の眠気の副作用を利用したものである。そのため,一過性の不眠を対象にしている。医師の指示がなくても患者が直接薬局・薬店で購入できる。ドリエル®(エスエス製薬)が2003年4月に初めて日本で認可され,以後,類似の薬品が販売されている。
主成分は抗ヒスタミン薬のジフェンヒドラミン塩酸塩50mgである。現在,認可されているものにはドリエル®,ナイトール®(グラクソ・スミスクライン),ドリーネン®(東宝製薬),グ・スリー®P(第一三共ヘルスケア),ナイフル®(アスゲン製薬),ドリーミオ®(資生堂薬品),ネオデイ®(大正製薬),ハルナー®(浅田飴),マイレスト®(佐藤製薬),プロリズム®(カイゲンファーマ),カローミン®(大昭製薬),ユニサム・スリープジェル®(ファイザー)などがある。

(2)睡眠改善薬の問題点

睡眠改善薬の問題点は,医師の関与がないため不眠症の背景が見落とされることに尽きる。不眠症の原因は睡眠衛生不良だけでなく,入眠障害の原因となるレストレスレッグス症候群(restless legs syndrome:RLS),中途覚醒や早朝覚醒の原因となるOSASや周期性四肢運動障害(periodic limb movement disorder:PLMD)などがある。一過性不眠症でない場合は,これらの除外が必要である。そのため睡眠改善薬による効果がない場合は,一過性不眠と異なるため医師を受診すべきである。また,効果がある場合でも安易な継続は薬剤依存の問題だけでなく,背景疾患の見落としにつながるリスクがある。

●参考文献
▶ 日本OTC医薬品協会 [http://www.jsmi.jp/index.html]
▶ ドリエル添付文書 [http://www.ssp.co.jp/file/product/all/drw/pdf/package_insert.pdf?1407500671]

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