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(23)脳神経外科学[特集:臨床医学の展望]

No.4740 (2015年02月28日発行) P.109

宮本 享 (京都大学大学院医学研究科脳神経外科教授)

三國信啓 (札幌医科大学医学部脳神経外科学講座教授)

高橋 淳 (京都大学iPS細胞研究所教授)

登録日: 2016-09-01

最終更新日: 2021-01-06

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  • ■エビデンスの発信

    脳神経外科の対象は,国民病とも言える脳卒中(脳血管性障害)や脳神経外傷などの救急疾患,脳腫瘍に加え,てんかん・パーキンソン病・三叉神経痛・顔面痙攣などの機能的疾患,小児疾患,脊髄・脊椎・末梢神経疾患などである。
    エビデンスに基づく医療の重要性が強調されるようになって久しいが,ガイドラインの中には欧米の大規模臨床試験の結果に立脚しているものも少なくない。わが国では国民の医療へのアクセス環境がよく整備されており,人口あたりのMRI設備もOECD諸国随一を誇る。さらに,脳ドックの普及により無症候性あるいは軽症の状態で種々の脳疾患が発見されるため,予防的外科治療が数多く行われている。またこのような背景をもとに,特徴のある大型臨床研究を行いやすい環境を有している。
    中でも未破裂脳動脈瘤に関する前向きコホート研究であるUnruptured Cerebral Aneurysm Study Japan(UCAS Japan)では,動脈瘤の大きさと破裂率の相関が示された。未破裂脳動脈瘤の破裂率について世界的な論争があったが,未破裂脳動脈瘤の検出力に優れ,フォローアップ率の高いわが国だからこそ成し得た事業である。スタチンを用いた脳動脈瘤の病態と治療に関するSmall Unruptured Aneurysm Verification -Prevention Effect against Growth of Cerebral Aneurysm Study Using Statin(SUAVe-PEGASUS)研究が,現在も進められている。
    また,妊産婦脳卒中に関する全国調査では,諸外国からのこれまでの報告に比して格段に悉皆性が高い多数のデータ集積のもとに,わが国においては出血性脳卒中が多いことが示された。脳腫瘍研究の分野では,わが国の脳腫瘍の疫学データを集積・解析した「脳腫瘍全国集計調査報告」は脳腫瘍の病理分類別発生頻度や疫学,生存率などを明らかにした世界に誇れる大規模研究である。これらは,いずれも日本脳神経外科学会の事業として行われたものである。また,厚生労働省の研究班を母体として行われたJapan Adult Moyamoya(JAM)Trialでは,出血発症成人もやもや病の再出血予防に関するバイパス手術の有効性を無作為割り付け試験により立証し,これまで未確定であった出血発症もやもや病に対する治療指針を世界に向けて発信した。

    TOPIC 1

    出血発症もやもや病の治療指針

    上記のように,脳神経外科学においては,学会などが母体となりわが国から諸外国へエビデンスを発信し続けている。その中から,本項ではJAM trialについて解説する。本研究は,「頭蓋内外バイパス術は出血性もやもや病の予後改善に有効か」について高いエビデンスレベルで解明した,日本発のmulticenter randomized controlled trialである。本研究は10年以上の歳月をかけて,内科医と外科医の協力により行われ,その主な結果が2014年3月にStroke誌に発表された1)
    もやもや病は内頸動脈先端部に進行性の狭窄・閉塞をきたす疾患である。脳底部や脳室周囲に代償性に側副血行路であるもやもや血管(かつては異常血管網と呼ばれた)が発達する疾患である。もやもや病はわが国で発見された疾患で,アジア人種に多くみられる。もやもや病は虚血型(一過性虚血発作や脳梗塞で発症するもの)と,出血型(脳実質内出血,脳室内出血,くも膜下出血で発症するもの)の2つに大別される。小児例ではほとんどが虚血型であるが,成人例では出血型と虚血型がほぼ半数ずつを占める。
    出血型もやもや病は,側副血行路である「もやもや血管」に慢性的な血行力学的負荷がかかり,それが破綻することで起こると考えられている。出血型は虚血型に比べて重症化しやすく,生命に関わることもある。虚血型に対しては,脳血流を増加させる頭蓋内外バイパス術が有効であるとのエビデンスが蓄積されている。これに対して,出血型に対する治療指針は,これまで未確定であった。バイパス術の副次的効果としてもやもや血管の退縮が認められることは経験的に知られており,手術により出血源であるもやもや血管に対する血行力学的負荷を軽減できるのではないかと考えられてきたが,その有効性については様々な後ろ向き研究があるのみで,これまで科学的に立証されていなかった。このため,厚生労働省もやもや病研究班を母体として,1999年から企画され2001年からJAM Trialが開始された。
    本研究はもやもや病について豊富な経験を持つ全国22施設の多施設共同により,最も強力な研究デザインであるrandomized controlled trialとして行われた。過去1年以内に出血発症した16~65歳のもやもや病患者を対象とし,登録基準を満たし,患者本人によるインフォームドコンセントが可能なmodified Rankin Scale 0~2の症例が研究に登録された。登録患者は手術群と非手術群に無作為に割り付けられ,手術群では登録後3カ月以内に両側大脳に対して直接バイパスのひとつである浅側頭動脈-中大脳動脈吻合術(STA-MCA bypass)などの直接バイパス術を行うことが必須とされた。手術効果の均一性を増すために,間接バイパスのみで治療することは除外された。
    登録後の5年間にわたるフォローアップが脳卒中内科医・脳神経外科医のペアにより行われた。これは,手術群・非手術群の二重盲検化ができないことによる評価バイアスをできる限り防ぐためであった。
    主要エンドポイントは,再出血・脳梗塞を含む医学的有害事象(虚血発作等により内科医の判断でバイパス術に移行したものを含む),二次エンドポイントは再出血であった。手術群42例,非手術群38例の計80例が登録され,randomization後にはプロトコール違反なく,割付け通りの治療が行われた。手術群の1例が医学的事象とは無関係のイベント(殺人事件)によりdrop outとなったが,それまでの期間は解析に含まれた。その他の症例は全例で追跡が完遂された。ログランク検定によるP値は主要エンドポイント(P=0.048),二次エンドポイント(P=0.042)とも統計学的に有意であった。この結果は2群のイベント発生率が異なる,すなわち再出血を含む不良イベントの発生率が手術群で有意に少ないことが統計学的に示された。

    【文献】
    1) Miyamoto S, et al:Stroke. 2014;45(5)1415-21.
    (宮本 享)

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