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新型出生前診断の導入と母体保護法

No.4730 (2014年12月20日発行) P.57

室月 淳 (宮城県立こども病院産科部長)

登録日: 2014-12-20

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

母体保護法では第14条1項に,指定医は「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」に人工妊娠中絶を行うことができるとあり,胎児の異常を理由に中絶することは認められていません。しかし,新型出生前診断の導入を契機に,実際にはほかの理由に置き換えて人工妊娠中絶が実施されていることがクローズアップされる形になり,「胎児条項」を求める意見をときどき耳にします。これについてどのようにお考えでしょうか。宮城県立こども病院・室月 淳先生のご意見を。
【質問者】
澤井英明:兵庫医科大学産科婦人科准教授

【A】

新型出生前診断が急速な広がりをみせています。現在の日本では家族にかかる育児の負担が大きく,障がい者が暮らすための社会支援も十分とは言えず,妊娠したカップルがこの検査を希望することを一概に責めるわけにはいかない現状があります。
出生前診断は人工妊娠中絶と密接なつながりがありますが,これまで日本では「命の選別につながる」という倫理的批判が強く,法的な対応は避けられてきたように思います。周知のとおり母体保護法は胎児の異常を理由とした中絶を認めていません。
そこで「母体の健康を著しく害するおそれのある」という要件を準用して対応しているのが実情です。これは一見,倫理的な配慮が十分になされているようにみえて,実はまったく正反対のことです。個々の状況によっていくらでも拡大解釈されている現状があるのです。
経済的理由により妊娠22週までは中絶が自由にできるということは,どんな胎児疾患でも,時には異常とも言えない軽微な変化のみでも,中絶可能ということになります。そして実際にそのような選択がなされることがあり,わが国では胎児の命が軽視される結果となっています。
医療者としても,カップルが自己決定した以上,それがいかに自分たちの倫理観に反する決定であっても,その希望に合わせて医療を行うほかありません。それが周産期医療の現場を疲弊させ,スタッフの離職や医療の撤退を招く原因の1つと言っても過言ではありません。
「胎児条項」は過去の優生保護法の改正議論に合わせて何度か提案され,その都度,障がい者に対する差別という社会的批判を受けてきたため,ことばのイメージはあまりよくありません。しかし,ここでの「胎児条項」は,胎児の生命の価値を尊重する基準をつくるためのものです。
出生前診断の進歩に伴い,安易な選択的中絶を認めない国際的な倫理原則に沿った指針づくりが国内でも必要です。国民的なコンセンサスを得るために責任ある検討組織をつくり,公開の場での議論を行うことです。そのときの議論の前提となる原則は以下の2つだと思います。
1つは出生前検査のマススクリーニング化は認められないこと,すなわち出生前診断を義務づけたり強制されるような方向性は一切排除されなければならないということです。検査は必ず個人の自発的意思によります。
しかし,ここではそれを言うだけでは足りず,「出生前診断という選択をしない」という選択を現実的に存在させることです。出生前診断を受けないでよく,生まれた者は誰でも十分に生きていけるという社会をつくっていくのは我々の責務でもあります。
子どもを産むか産まないかの自己決定権を認めるとすると,選択的中絶を禁止する根拠はなくなりますが,しかし,それはどのような場合でも自由に認められるということではありません。
2つめは選択的中絶をどのような条件でどこまで許容できるか,そのための手続きをどうするかを明確にすることです。その内容は地域によっても時代によっても変わっていくのは当然です。コンセンサスをつくるのは非常に難しいことですが,「困難である」というのと「不可能である」というのは別のことです。これまでのように議論せずに放置すれば,「滑りやすい坂」をころがって,胎児の命はどんどん軽んじられていくようになるでしょう。

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